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God's will
【その他 官能小説】

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Incarnation of evil-4

「あひゃひゃひゃ」木村修は狂ったように笑う。「バカバカバーカ。お前、耳ぐらいじゃ許してやんねーぞ」と言った木村修のピエトロ・ベレッタM92FSから発射された9mmパラベラム弾は僕の耳を千切り、後方の木に風穴を開ける。耳からぼたぼたと血が落ちていく。「おじさん、だいじょうぶ?」と赤ん坊が聞き、「いや、パパって言え。最悪お兄さんと呼べ」と僕は無理やり笑顔を作って言う。「大丈夫だよ」

「さあて、このままお前を木にぐるぐる縛り付けて、その千切れた耳をライターであぶって、竹串を唇にぶっ刺して、バタフライナイフを眼球に突き刺して殺してやってもいいんだが」と木村修は以前僕がやった事を実際に口に出している。「この世界にはこの世界のルールがある。そのルールに乗っ取って取引をしようじゃないか。お前はその赤ん坊を差し出せ。そうすれば、俺はルカを連れてこの世界を抜け出すことを認めよう」

「赤ん坊をどうする気だ?」と僕は訊く。腕の中で赤ん坊が震えている。「いやだよー。おじさんたすけて」と赤ん坊が言い、「大丈夫だよ」と小さく囁くように言って、僕は赤ん坊をしっかりと抱きしめる。

「うーん。どうしようかな。お前にやられた事をそっくりそのままやっちゃおうかな」

「このクソ野郎」僕は木村修を罵る。一瞬頭の中で木村修を殺すことを考えるが、あの日の状況とは全然違う。武器もないし、何もないどころか僕は裸で、おまけに赤ん坊を抱きかかえているのだ。そんな事は不可能だ。では、どうするか。一体この状況において、僕にはどれくらいの選択肢があるのだろう。まず、一つ目は大人しく赤ん坊を木村修に差し出し、ルカを連れてこの世界を抜け出すこと。二つ目は、この赤ん坊だけを連れて、ルカを諦め、この世界を抜け出すこと。三つ目は、木村修をなんとか退けて、ルカと赤ん坊を連れてこの世界を抜け出すこと。三つ目の選択肢がほとんど不可能である以上、僕に残された選択肢は二つしかない。赤ん坊を諦めるか、それともルカを諦めるかだ。

 どちらが正しくてどちらが間違っているんだろう、と僕は考える。この選択肢では、どちらか片方しか選べない。そして、どちらかが正しくて、どちらかが間違っているという類の話でもない。それはどちらも正しくて、どちらも間違っている。

それに、と僕は思う。仮にここから赤ん坊を連れ出したとして、それで一体僕にちゃんと育てることが出来るのだろうか。おまけに、この赤ん坊は僕の子供ではなく、木村修とルカとの間に芽生えた命なのだ。それを僕が両親の代わりに育てるなんて事ができるんだろうか。

僕はルカの事を考える。彼女が中絶を決めたとき、今僕が感じているような葛藤がそこにあったんだろうか。きっとあったんだろう。でも、と僕は思う。どんな葛藤があったにせよ、ルカ、君は僕に相談し、そしてこの子を産むべきだったんだ。僕と君ならばきっと上手くやれただろうと思う。君にとってその決断は勇気が必要で、僕を頼るなんて余りに利己的過ぎて、同時にそれが正しい判断であるとは思えなかったのだろうが、それは少なくとも、僕にとっては正しい判断だった。人の判断はある場合には第三者の方が容易に判断できる時がある。その第三者が自らその事情に踏み込むという前提があるならば。

 だが、全てはもう過ぎ去ってしまった。ルカは赤ん坊を中絶し、その罪悪感や喪失感や自己嫌悪やそういった色々な負の感情に飲み込まれて、そして死んでいった。そして色々な偶然や必然やある種の奇跡が積み重なり、僕は今こうして赤ん坊を抱いている。

「さあ、どうするんだ?」と木村修は言う。「そんなに迷うなんて、随分と俺のガキを気に入ったみてーじゃねえか」

 僕は黙っている。胸に抱いた赤ん坊を見つめている。

「おい、そこのガキ。そいつが誰だか知ってるのか? そいつはお前のママを殺した張本人だぜ。お前は随分とそいつを気に入ってるみたいだけどよ」

「おじさんほんとう?」抱いていた赤ん坊が僕の顔を見つめる。僕は迷う。ここで本当のことを言うメリットなど何もない。だが、嘘をつくメリットだって特別あるわけではない。

「君のママは、君に会いたがっていた。それで、おじさんが頼まれたんだよ。どうか君に会わせてくださいって」

「おいおい、どの口がそう言ってんだ。ご都合主義もいいとこだな」木村修が可笑しそうに笑う。「お前はルカを殺したんだよ」


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