『踏切の幻』-8
ねえ、君が好きだよ。
君は笑うかも知れないけど、君が好きだ。
何もない僕を、無意味な僕を、全て塗り替えてくれそうな気がしたんだ。
ただ泣いてるだけの僕を、孤独から救ってくれて、それで……………。
だんだんと頭の中が真っ白になっていって、ただ僕は黙って立ち尽くしていた。
カンカンカンカン……………
けたたましく警鐘が鳴り始め、はっと僕は、随分長く立ち止まっていた事に気が付く。
見つめる視界の中で、遮断機が下りていく。僕はなんとなく、遮断機に歩み寄った。
いつかの感覚が蘇る。
ずぶ濡れの僕、痛む手首、五月蠅い蝉時雨と警鐘……………あの瞬間。
───────ねぇ、もしこの時この中に飛び込めば、楽になれるの?
「僕は……………」
震える手が、遮断機に触れた。
蜃気楼みたいに、視界がゆらゆら揺れている。
僕の身体が、遮断機の向こう側へと傾いた。
「やめてッ!」
サキトの泣きそうな叫び声。
僕はびくっと身体を震わせ、弾かれた様に身を退いた瞬間、後ろに倒れ込んだ。
そんな僕の目の前を、轟音を轟かせながら電車が走り抜けていく。
電車が去って遮断機が開いても、暫く僕は座り込んでいた。
よろめきながら立ち上がると、頬を濡らしていた涙が地面に落ちた。
僕は、今度は辺りを見回さなかった。あの声もまた幻だって知ってしまったから。
何かが判った様な気がした。そして、僕は何かを失った。
サキトは、元々いなかったんだ……………でも、あの時僕の目の前で死んだんだ。
上手く云えないけど、サキトは……………リコであって、僕だったんだ。
彼は……………僕の幻。踏切の幻想。
それが判っても、今の僕には何にもならない。僕に残されたのは、また僕は独りになってしまったという寂しさだけ。
幼い時には妹を、そして今度は、大事なトモダチを……………僕は失ってしまった。
ねえ、もう僕を独りにしないでよ。
まだ少し、一緒にいてよ。もう一度君に触れたいから。
また「独りじゃない」って云ってほしい。
また涙を拭いてほしい。大丈夫だって、平気だって云ってほしい。
まだ何も伝えてない。好き……………。
結局、永遠に渡しそびれたハンカチをポケットから出した。
そのハンカチには、あの時サキトに貰った折り鶴が大事に畳まれて包んである。
涙で滲む視界の中、ランプのついた縞模様のポールにハンカチを結びつけた。