投稿小説が全て無料で読める書けるPiPi's World

『踏切の幻』
【ボーイズ 恋愛小説】

『踏切の幻』の最初へ 『踏切の幻』 6 『踏切の幻』 8 『踏切の幻』の最後へ

『踏切の幻』-7

 カンカンカンカンカンカン……………

 蝉の声より五月蠅く、警鐘が頭に響く。
 仕方ないな、と思い、僕は立ち止まって俯く。
 少しひびの入ったアスファルトを見つめていたら、僕の足元に誰かの影が伸びた。
 まだ残る暑さに茹だりながら、僕は遮断機の向こう側を見る。
 眩しいせいで、視界は下向きだ。向こう側に立っている人の腰辺りまでしか見えない。
 でも、その人のズボンが僕の通う中学の制服の色に似ていたから、左手で目元に影を作り、もっと上まで見る。
 長袖のYシャツに、茶を帯びた黒髪で……………。


「サキトッ!!!」


 僕は叫んだ。
 その瞬間、時が止まった。
 風、蝉時雨、近付く電車の音、気配、全部止まった。
 何も聞こえない。何も動かない。僕も動けない

 そんな中、サキトの口元が僅かに動く。


「お兄ちゃん……………」


 ゴオオオォォォォッッ……………


 彼の小さな声を聴いて、夕陽を背にしたその笑顔を見たその瞬間、止まっていた時間が元に戻った。
 大音響を響かせ、一瞬にして電車が目の前を遮る。
 僕の足元に届いた影も、僕の声も、全て遮られる。

 一瞬……………あの一瞬は、何だったのだろうか?
 でも、確かに云えるのは、あれがサキトだったと云う事だ。僕の事、「お兄ちゃん」って呼んでた……………。
 早く、早く通り過ぎてくれないだろうか。
 高鳴っていく鼓動の中、硬質な電車を眺めて僕は願う。
 こんな時に限って、電車はすごく長い……………いや、よく通る電車と同じ位なのかも知れないけど、今の僕には延々と続いている様に感じる。

 辺りの草がザワッと揺れ、最後の一両が通り過ぎた。警鐘が途切れ、遮断機が上がる。
 でも……………その先にサキトはいなかった。
 僕はすぐに走って渡り、彼のいた付近を見回した。
 何処かへ走っていったのかとも思って、向こうのT字路も見てみた。
 しかし、何処にも彼はいないのだ。
 僕は振り返り、今度は僕が歩いてきた方の踏切を見つめる。
 其処にはただ、僕の影がいるだけだ。

 僕は呆然と立ち尽くした。
 五月蠅い蝉時雨、木々のざわめき……………もう、何も耳に入らない。
 ただ、何も考えられないまま、そのままずっと僕は立ち尽くしていた。

 君は、何処?
 僕を置いて、何処に行ったの?

 立ち尽くす僕をよそに、蝉は騒ぐ。
 風が僕の頬を撫ぜ、鳥が僕の頭上を掠めた。

「サキト?」
 僕は彼の名を呼んだ。
「……………サキト」
 今度は、少しゆっくり、大事に呼ぶ。

 それでも、彼は何処にもいない。
 まだ、彼とは話したい事がいっぱいあったのに。いっぱいお礼を云いたかったのに。


『踏切の幻』の最初へ 『踏切の幻』 6 『踏切の幻』 8 『踏切の幻』の最後へ

名前変換フォーム

変換前の名前変換後の名前