Conversation with a man who regains it-6
僕はグラスに入ったペリエを一口飲み、それからグラスの中を見つめる。美しい氷がそこにはある。それは男が何よりも望んだ形だ。宮下勉君の左腕を犠牲にして手に入れた現実だ。そこまで考えて、僕はふと思いつき、言う。「そういえば、宮下勉君が左腕と引き換えに由香さんをこの世界から連れ出したように、あなたが左腕を手に入れるときにも、あなたは何かを失ったのですか？」
「失ったよ」と男は短く言う。
「何を？」僕は訪ねる。
「視力を。今の私は目が見えない」
「その視力は、誰かが受け取ったのですか？」
「もしかしたら誰かが受け取ったのかもしれないが」男は首を振る。「私にはそれは分からない。せめてそうであって欲しいと思う」
左腕と視力は一体どちらが大切だろう、と僕は考え、でもそれはその人によるのだろうな、とすぐに思う。この男にとって、視力よりも左腕のほうが重要であったように。他の誰かにとっては、左腕なんかよりもずっとずっと大切なものがあるように。
やがて、僕は自分自身の強い思念が秘められた場所に思い当たる。それはコーポグリーンパレスの２０１号室だ。もうあそこから逃げてはいけない。ルカの狂気から逃げてはいけない。自分自身の混乱から逃げてはいけない。僕にとっての全てはあの場所から始まり、だから僕はあそこへ戻らなければならない。
「分かりました」と僕は言う。「ルカはきっと、そこにいます」
「間違いはないね？」と男が念を押す。
「ええ」僕は力強く頷く。
「分かった。それならばついてくるといい」男の後を追い、僕はキッチンへと移動する。キッチンには大きな業務用の冷蔵庫があり、僕はその中に分厚い氷があるのを想像する。そしてその冷蔵庫のすぐ横に、真っ赤にペンキの塗られたドアがある。ドアノブは銀色。
「このドアですね」と僕は言う。
「そう。そのドアだ。行くといい。上手くいくことを祈っているよ」
「色々とありがとう」と僕は笑顔を向けて軽く会釈をする。
「なあに。構わないさ」男は複雑そうに僕に握手を求める。差し出した手は、でも宮下勉君から奪った左手ではなく、もともとあった彼自身の右手だった。「全てが終わったら、もうこの世界へは来ないほうがいい。ここは君にとって余り気持ちのいい場所ではないだろうから。それに、今になって思うんだが」男はそこで言葉を切って、頭を振る。「いいや。それは私の口から言うべきではない。とにかく、気をつけて」
僕は男の右手をしっかりと握り返し、握手をする。そして銀色のドアノブを回し、中へ入る。開いたドアは僕が通り抜けると自然にパタンと音を立てて閉じる。