Island Fiction第7話-1
「そう……。クルミは死んだの……」
姉様は肩を落とした。
わたしは姉様が貸してくれたTシャツの裾を弄りながら、差し出された湯飲みを見つめるしかなかった。
スミレ姉様の家は木造モルタルの古びたアパートだった。
ダイニングキッチンには花柄のテーブルクロスや小さく可愛らしい小物などで飾られていて、食器類も綺麗に整頓されていた。
質素ながらも窮乏生活を感じさせない、姉様らしいセンスでまとめられた部屋だった。
「自分が自分でなくなることほど、恐ろしいことはないわ」
横ではカズキ君が梨を嬉しそうに頬張っていた。
姉様はすべてを把握しているようだったけれど、子供の前で話す内容ではないから詳しくは語らなかった。
彼にとって死とは無関係のものであり、命は永遠に続くものなのだ。
もちろん、わたしにとっても、姉様にとっても同じだ。
理解や想像は出来ても、実感することは出来ない。
それだけにクルミの死に対するショックは計り知れない。
「わたしがもっとしっかりしてれば、こんなことにはならなかったんだろうけど……」
「わたしは目の前でクルミが切り刻まれるのを黙って眺めているだけだった……。助けてあげることが出来なかった」
「ううん、あなただけでも、生きててよかった」
姉様は優しくわたしの手を握った。
「姉様だって……。わたし、姉様はもう死んじゃったんじゃないかって……」
「殺されかけたわ」
「え?」
「あなたは、お父様のことどう思ってる?」
「どうって……?」
質問の意図が読めない。
「あの男はわたしたち姉妹を性的玩具としてしか見ていなかった」
わたしの心臓は跳ね上がった。
姉様の言葉にショックを受けた。
お父様を否定する。
それはわたしの人生を否定することと同義だ。
お父様を信じなければならないし、それでいながらお姉様の言葉を黙殺することも出来ない。
二つの思いで心が揺れた。
「気持ちは分かるけど、それが事実……」
カズキ君が「あーん」と言いながら、わたしに梨の欠片を差し出した。
「ありがとう」
と、わたしは梨を口に入れた。
重苦しい空気が幾分和んだ。
「トウゴウのことはごめんさいね。彼には明日にもきちんと謝らせるから」
「別に、そのことは……」
「お姉ちゃんね、公園でオナニーしてたんだよ」
カズキが無邪気に言った。
「なっ!」
一度ならず二度までも小さな子供に貶められた。
わたしは顔から火を噴きそうになった。