Somewhere no here-6
「でも、失ったものを取り戻すというのは大変なことだ。もしかしたらそれは間違った行いでさえあるのかもしれない。でも、それでも構わない。多くの人間はなにか大切なものを失ったときは膝を抱えて泣き、そのうち眠り、そして朝と夜を繰り返していく内に自然とそれを失ったのだということを受け入れられるようになるんだろう? それを失った自分自身を愛せるようになるんだろう? それが一般的だし、それが正しいことだ。しかしながら、私は違う。私は氷を割るためにこの世に生まれてきた。それは私のアイデンティティそのものだ。アイデンティティの無い人間は死んだも同然だ。それが私の全てだ。私はもう一度氷を割りたい。君はもう一度大切な人に会いたい。そこでだ。取引をしないか? 君は私のためにその美しい左腕を差し出せばいい。そうすれば私は私の世界から君の大切な人をそちらの世界へ連れ出すことを許可しよう」
「それは現実的に僕の腕をあなたに差し出すということでしょうか?」
「現実的に、というと?」
「鋭い鉈のようなもので僕の左腕を切り落とし、あなたがその腕を付けるということでしょうか?」
「いかにも。そこには痛みを伴う」
「その代わり、僕は由佳に会える?」
「Do not request anything not wanting the loss of anything.(何も失いたくないのなら、何も求めるな)」と男は英語で言う。