Somewhere no here-4
「誰でもこの世界へ来ることが出来るんですか?」
「基本的にはそうだろうな」男は少し考える仕草をする。「いくつかの条件が揃えばだが」
「でも、僕はその条件を満たしていたんですね」
「そうだ。だから君はここへやって来ることが出来た」
「話が変わるのですが、先ほどの拍手は一体どこから聞こえてきたんでしょう? 初めはあなたが拍手をしたのだと思いましたが、違うみたいです。あなたにはその、片腕がありませんものね」
「ああ、そうか」男は薄く笑い、右手をポケットの中へ突っ込み、リモコンのようなものを取り出す。そして彼が何かの操作をすると、先ほどと同じ拍手の音が部屋中に響いた。また、男が何か違う操作をすると、今度はブラヴォー! という歓声が巻き上がる。ブラヴォー! 拍手。C'est quelle belle glace!(なんという美しい氷だ!)という歓声。
「この通り。天井に埋め込まれたスピーカーから聞こえるようになっている。何しろ退屈すぎてね。退屈というのは人間にとって拷問だよ。だから人間は退屈を紛らわすために色々な事をするものだ。こんな風にくだらない装置を作ってみたりね。ところで、何か飲むかい?」
「お水を下さい」
「ペリエを出そう。どうぞ。そちらのソファーに座ってくつろいでいてくれ」男は紳士的に片手をソファーの方へ優雅に伸ばす。<僕>が頷いてソファーに座ると、男はキッチンの方へ消えた。
柔らかで上質なソファーだった。今までこんなに心地のいい気分にさせるソファーに座ったことがないというくらいに。<僕>はソファーに座りながら、一体自分は何をしてんだ、と思っている。死の充満する世界の地下に在る眩い光を放つ奇妙な部屋の上質のソファーに座って、ペリエを待っている。一体<僕>は何をしにここへやって来たんだろう。由佳、と<僕>は思う。<僕>をここへ導いたのは、お前ではなくあの男だったというのか?
不意にソファーの対角上に位置するテレビがボウンという音を立てる。液晶画面にゆるやかに映像が映し出される。映像は何かの催し物のようで、まず初めに観客席が映し出された。<僕>はそれをぼんやりと見つめている。音はない。と、どこからか氷を割る音が聞こえてくる。
ガツン・カラン・・・。ガツン・カラン・・・。
その音はキッチンの方から聞こえてくるのか、それとも天井に埋め込まれたスピーカーから聞こえてくるのかは分からないが、それは確かな輪郭を持った音のように感じられる。ただ聞こえてくるのではなく、そこには意図と、意志と、存在感がある。