Somewhere no here-3
余りの眩しさに目を細める。
ドアの先には、八畳ほどの広さの部屋があった。照明が明るいのか、それとも壁中に発光バクテリアが隙間無く生息しているのか、部屋全体が異常なほど明るい。夜空に瞬く恒星みたいに部屋中が自ら光を放っているように見える。それに相成って、部屋のあらゆる家具は全てが白色で構成されていた。それが相乗効果となって、益々部屋全体を明るく見せていた。地上とは大違いだ。壁、天井、床、テーブル。何もかもが白い。辺りは静かで、物音は何も聞こえない。耳をすませてみるが、不気味なほど静かだ。この部屋自体が忘れ去られた宇宙の片隅に浮かべられているのではないかと思うほどに。
部屋の中の色彩といえば、天井からぶら下がっているロープの赤と(そのロープの先端は円状になっていて、今すぐにでも首を吊ることが出来そうだ。それは如実に<僕>に死を連想させた)、それを天井に固定する金色の金具。それから、聖書が一冊だけ収納された白い本箱の上に置かれた六十センチ幅の水槽の中を泳ぐエンゼルフィッシュ。それだけだった。水槽には水温計がついていて、温度は二十六度をキープしている。部屋に窓はなく、<僕>が入ってきたドアが一つあるだけ。
困惑する僕の鼓膜を、拍手の音が震わせる。キッチンの方から拍手の音が聞こえてくる。少なくとも歓迎されているようだと<僕>は思うが、決して安心はしない。というか、安心する要素なんか一つもない。
「よく来たね」と言いながら、キッチンの奥から現れたのは普通の人間の男で<僕>は拍子抜けする。
「こんにちは」と<僕>はカラカラに乾いた擦れた声で言う。
「やあ、本当にこんなところに人が来るなんてな。久しぶりだ」
<僕>は男の姿を見つめる。年齢は二十代の半ばくらいだ。一重まぶたで長いまつげ。鼻は少し平らすぎるでもないが、どちらかといえば整った顔立ちだ。シックなストライプのシャツにバーバリーのチェックのネクタイを締めている。金色の金具の付いた黒いベルトに、黒いスラックス。と、<僕>は彼の左腕がないことに気がつく。一見しただけでは分からなかったが、シャツの左腕を通すべき袖がだらりんと垂れている。だとしたら、先ほどの拍手の音は彼のものではなかったのだろうかと<僕>は考える。他にも誰かがいるのか?
「ここには私しかいないよ」と、<僕>の疑問に感づいたように彼は言う。「ここは私の家で、私のための場所だ。ところで、君は一体どうしてこんな場所に来たんだい? ここは君のいるべき世界とは少し違ったところにある。それには、気づいていた?」
「ええ」と<僕>は応えた。「夢を見ました。よく分からないのですが、おそらくあれは夢だったのでしょう。そして、その夢の中にこの[バンゴベ]が出てきたんです。それで、ここに何かがあると思いました」
「なるほど。夢か」男は頷く。「実はその夢は私が見せたものだと思う」
「あなたが?」
「そう。私はある目的のために、ここに招いているんだ。君は私に招かれてここまで来たんだよ。といっても、私は君を個人的に良く知っているわけではない。従って、君を招こうとして招いたわけではない。私は君以外にも多くの人間をここへ招いてきた。でも、実際に招待を受けて、今までにここまでやってきた人間は数えるほどしかいない。多くの人間は、それはつまらない奇妙な夢だと思ってすぐに忘れてしまうのさ。君は私が招待してきた客人の一人ということだよ。そして、その招待を受けた稀有な人間だということが出来る」