恋愛小説(3)-6
「気になるの?」
「そりゃ私もねー。年頃の女の子だから。興味がないって言ったら、嘘になってまう」
「へぇ」
「む。なにそれ?」
「いや?」
「むぅー!なんかひっかかるやん!?」
「ぶっちゃけ、果てしなく意外」
「えー!?なにそれー!?」
黄色の下地に白の水玉模様が成されたビキニを着用している千明は、ごく控えめに言って魅力的だった。肩から鎖骨にかけてがすらりと伸びていて、水滴の乱反射が眼に眩しい。まるで思春期のどこかで置き忘れていったかの様な細さだ。それでいて腰と胸が強すぎない自己主張をしている。キラキラと光る足は、片手で掴めるんじゃないか思わせるほど肉が薄い。にもかかわらず、それが骨盤にかけてゆっくりと曲線を描いているから、僕としては眼のやり場に困る肉体だと言える。
「あー、ちーくん今やらしいこと考えてたやろー?」
「べ、別に考えちゃいないよ!」
「隠さんでもいいのに。私、ちーくんやったらいつでもウェルカムやで?」
「……遠慮しとく」
「今一瞬本気で考えたやろー!?」
「いや、即答だったね。僕の人生で十指をかぞえる即答だったさ」
「うそやー。だってちーくんの顔赤いもん」
「こ、これは日照りのせいだよ」
「うそやー!ちーくん、さっきからチラチラ胸元見てるん気付いてるで!?」
僕はその言葉に答えず、手に持っていたコーラを一気にあおった。炭酸の心地よい刺激が喉を通って行く。
「ひっひっひー。ちーくんのムッツリスケベー」
まぁ今回は、負けた事にしておこう。それは紛れも無い事実なのだから。
□
日が陰り始めたのは午後六時を過ぎた当たりからだった。刻一刻とその姿を変える山の姿に、僕らは息をのんでその景観を眺める事しかできなかった。朱色の輝きが川の水面に写る。水に透けて様々な姿に変えながら、奥の方へと吸い込まれて行った。赤、青、黄色、緑に白。鮮やかな色彩は、その色彩自体が発色しているかのように尊く美しい。しかし実状は違う。それらの色達は全て、太陽の光を吸収して放っているのだ。太陽光線と色彩たちのオーケストラ。放ち、塊り、一瞬のうちにして消えていくその景色はまるで、異世界に迷い込んだ放浪者の様な気分を味会わせてくれるから素敵だ。
「きれいやねー」
千明の眼には、幾千、いや幾億の光の奔流が流れている。うねり、混ざり、押し出す様に流れるその光達を一心に捉えて離さない。
「そうだね」
「へぇー、ちーくんでも綺麗って思う事あるんやね?」
「それはもちろん」
「なんか嬉しいなぁ。こんな綺麗なものを、他の誰かと共有できるって」
「共有?」
「うん。感情の共有。私は私の、ちーくんにはちーくんの綺麗って感情があるけど、この景色を通してでる感情のエネルギーは、限りなく密接やと、そう思わへん?」
「うん。まぁ、なんとなくね」
「それが私には、うれしいねん」
この光は、遥か何万年光年も遠くの星が発する光だと言う事を、僕らは知っている。僕らがその距離を想う事はないけれど、僕と千明の距離はなにかしらの力が働いて、背中合わせの様な距離になれる。
「千明も、たまには詩的なことを言うんだね?」
「あ!ちーくん馬鹿にしたなぁ?私だって、夢とロマンスに憧れる一端の女の子やねんからな!?」
「……この場合、夢もロマンスも関係ないと思うけれどね」
「じゃあなんなん?」
「さぁ?感受性じゃない?」
あちこちで溜め息が漏れる音がする。光の勢力が徐々にその姿を潜め、変わりに当たりに濃い藍色が広がり始める。
「ようこそ、今日と明日の狭間へ」
「ん?なにそれ?」
「なんか夕日が沈ずむ瞬間って、私は好きやねん。今日が終わって、お日様は明日に向かって進み出す。今日と明日の間。今がその時やん?」
「そうだね。その表現は、僕も嫌いじゃない」
「もー。素直に好きって言えばええのに」