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恋愛小説
【純愛 恋愛小説】

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恋愛小説(3)-2



「ちーくん!」
「ん?」
「夏休みは何して過ごすん?」
僕と千明は食堂にいた。いくら屋内とはいえ季節は夏真っ盛り、僕らは汗をダラダラとかきながらカレーを一心にほうばっていた最中だった。傍らでは旧式のクーラーが得も言われぬ音を発しながら生温い空気を吐き出している。僕らが大学に入った頃から老兵だったから、今の働きは十字勲章並みだと考えていいだろう。
「んーと、どうだろうね?たぶんバイトでもしながら、ぼちぼち就職活動でもするんじゃない?」
「あーそっかぁ。就活かぁ。っていうか、ちーくん就職すんのん!?」
「ん。まぁたぶんね。さしてやりたいこともないし」
「やりたいことがないから、就職するん?」
「それもまぁ、わかんないね」
むぅ、と千明は何かを深く考えているようだった。しかしどうなのだろう。やりたいことがないから、就職もしないという学生は、実際に多い。ここ何年か自分探しという言葉が流行ったりもしている。つまり自分が職業に順応していくのではなく、自分の能力にあった職業を探す人間が、ここ何年かで急激に増えているらしい。
「ちーくんはやりたいこととかないん?」
「ないね」
「えらくきっぱりと言うなぁ?」
「あったとしてもそれを職業にしようとは、たぶん思わないと思うよ。自分に見合った職業探し、なんていうのをしている人がいるけれど、僕には恐らくそういうことはできないと思うんだ。いい、悪いはこの際別としてね」
「ん?なんで?」
「なんでだろうね?まぁたぶん、枠内でコツコツ自分の役割をこなすのが性にあってるんだと思う。だからその枠自体は、なんでもいいのかもしれない」
「むぅー、むずかしいわ」
僕はコップに注がれた水を勢いよく飲んだ。喉に冷たい感触が通って行くのがわかる。口の中がヒリヒリと痛い。千明はそんなことはおかまいない様で、次々とカレーのかかったご飯を口に運んで行く。ちなみに、もう三杯目だ。
「で、千明はどうするの?」
「え?」
「え、じゃなくて。夏休み、何か予定あるの?」
「んー、とりあえず夏期キャンプは行くと思う」

僕と千明が所属する天文サークルには毎年夏の長期休暇を利用した、夏期キャンプというものが存在する。レンタカーを利用し、近辺の避暑地にキャンプをしに行くのだ。昼は川辺でバーベキューを盛大に行い、夜は都会とは違う星空を眺めながら夢や将来について語りあう――なんてのはもちろん夢想だ。確かに川辺でバーベキューもするし、避暑地の夜は都会のそれとは比べられないほど素晴らしいのだが、実際ほとんどのサークルメンバーの関心はそんなことではない。
「今年こそ彼女を!」と意気込むものあれば、「開放的な雰囲気がもとであの子と、あんな展開やこんな展開に……グヘヘ」なんて考えている不届きな輩もいるのだ。実際出会いサークルと化している我が天文サークルの、カップル達成率がこの夏期キャンプが一番多いことも事実であり、春先から暖めていた思いを爆発させるのには絶好の機会と言えた。
参加は任意であるのだが、僕の場合は異なっている。僕の場合は強制的だ。というよりもサークルでの活動のほとんどは、僕の場合だけ強制イベントに変わる。一回生時は熱心に参加したものだが、その一回生時に文化祭の会計を引き受けて以来、サークルの費用がかかるイベントはすべて会計として参加するはめになってしまったのだ。今回も例外ではない。

千明の言葉を聞いて、僕は不意に苦い思い出を蘇らせてしまう。そうか、夏季キャンプの時期か。脳裏にフラッシュバックの様に様々な映像が流れては消えた。河の流れる音。きらきらと太陽の光を乱反射させる水面の奥には、大きな魚が泳いでいる。河川敷の石につまずかないよう、僕は誰かの手をとって歩いている。その手は小さくて、冷たくって、細かった。白いワンピースの袖からそれはスラリと伸びていて、確りと僕の右手を掴んで離さない。真っ黒で綺麗な髪が、なにかの拍子でフワフワと揺れる。前髪に隠れる彼女の表情は、女神の様に美しい。僕はの時間が一生続けば良いと、その時は本気でそう思っていた。



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