『朱の桜』-1
オレは足を引きずりながら部室に入り、再びパイプ椅子に座った。
机の上に広げた記録用紙やら何やらと向かい合い、オレは僅かに溜め息を吐く。
彼は細い指でシャーペンを握り直すと、高跳び分野の記録整理の続きを始めた。
元は背面跳びを十八番とする高跳びの叢柳海……………とも云われたオレだった。
が、何故こんなマネージャーじみた事をやっているのか。
理由は単純だ。右足関節捻挫。
もとい……………足首の捻挫だ。ソレを理由に、オレは……………。
海は深く溜め息を吐くと、資料をめくった。
1年、狩谷優綺。…………そう云えばコイツ、記録が伸び悩んでるんだったな。
オレは記録どころか跳べないんだよな……………。
グラフ用紙に数字を振りながら、オレは更に深い溜め息を吐いた。
「ウミ、お疲れー」
その時、部室の戸が開き、縹色した長い髪の少年が入ってきた。
振り返らなくても付き合いが長いから判る。部長の小松本空だ。
「流石副部長だな。デスクワークは俺より有能だぜッ」
そう云って笑いながら、海の後ろから卓上を覗く。
ソラの長い髪がオレの耳元をくすぐった。
その髪が煩わしくて、オレは掌でヤツの顎を押し上げた。
「んな事褒められても……………嬉しくないんだけど」
「んー、そりゃ、お前は高跳びやってるのが一番だけどさ」
まるっきり不機嫌そうな声で海が云うと、突き放された空が優しく笑んだ。
「オレはこのまま引退か……………」
海は呟いた。
この捻挫で、オレは最後のチャンスである三年を潰した。
最後のチャンスはインターハイどころか、地区予選にすら出られないままに。
もう絶望しか、なかった。
「……………よっし!!」
「いってぇ……………」
ソラはオレの背中をばしっと叩いた。
「あの海岸まで行くか」
「はぁ?」
オレが背中をさする間に、ヤツはそう付け足した。
「何で急に」
海は怪訝な目で問い掛けた。
「おにーさんが元気付けてあげよーと思ってさ」
着ていた体操服を脱ぎ、半身振り返りながらソラは笑んだ。
オレがぼんやり眺めていると、ソラはテキパキと荷物をまとめていく。
「準備完了。行くぜッ」
そして、空は海の細腕を掴んで引いた。
「イヤ、ちょっと待て。まだ片付けて‥‥」
「後でいいって。ホラ、肩貸してやるから」
机の上の資料を指差したが、オレはそのまま強引にソラに引っ張られ、部室から引きずり出された。