『朱の桜』-3
「兄ちゃん、あれからずっと寝っぱなしだかんさ。………んでも、そのうち起きっと思うから、待っててやってよ」
入口に立って苦笑しながら、迅汰は云った。
ちらりと振り返ってその表情を見たが、どうもその顔から望みをかけてる感じは読み取れない。
「……………ん、判った」
海は無表情で頷いた。
本当は判ってなんてないのかも知れない……………。
海はソラの堅い前髪に触れた。
そしてその華奢な指で、頬に触れる。
ソラの体温を感じる……………今すぐ話がしたかった。
また笑って大丈夫だって云ってほしかった。
ただ……………日常だったソレがちょっと出来なかっただけで、何故こんなにも空虚な感じがするのだろう?
「すぐ起きる…………よな」
「ん、そーそー」
海が消え入りそうな声で呟くと、迅汰は視線は窓の外へ向けて答えた。
思えばコレが……………オレの未来を断った全ての始まりだったのかも知れない。
あれから数日後、アパートの隣室に住む瑞咲が見舞いに来た。
少し浅黒い顔に明るい笑顔を浮かべて、白い病室に現れる。
「かもめ屋の水羊羹、好きだったろ?」
そんな事を云いながら、彼は冷蔵庫に水羊羹を仕舞っていく。
「ん、さんきゅ……………」
気のない返事を返しながら、海はぼんやりと瑞咲の背中を眺めていた。
その人形の様に感情の抜け落ちた表情に気付き、瑞咲は立ち上がって海の顔を覗いた。
「元気出せって云われても無理だろうけどさ、いつまでもそんなじゃ滅入るだろ」
先に自分の方が滅入ったかの様に苦笑しながら、瑞咲は云った。
「……………ごめん」
海は弱々しく呟くと、俯いた。
「取り敢えず……………、右足平気なのか?なんかちょっとヤバいって聞いたけど」
途切れそうだった会話を繋げ、瑞咲は尋ねた。
「リハビリで回復するけど……………昔みたいに高跳びやんのは、無理だ」
あまりはっきりしない語尾でそう答え、海は黙った。
『また前みたいに跳んでくれよ』
背中越しに聞いた空の言葉が蘇る。
『俺はさぁ、お前が高跳びやってねーと寂しーの』
柔らかいその声を反芻する度、ひどく苦しくなる。
痛くなる。
痛いままに……………月日は過ぎて。
ソラは目覚めないまま、桜はどんどん散ってゆく。