恋愛小説(2)-11
「あぁ、すみません。以後気をつけます」
そう言った木村田は悪びれも見せず相も変わらずひっついて甘い言葉を交し合っている。その他のメンバーはもう慣れたという表情……にはならず、やはりあきれた顔をしていた。
この木村田の存在はサークル内の秩序を狂わすものだということを、新入生以外のメンバーは気づいていた。付き合いだすとサークルを離れる、というのが今までの暗黙の了解だったのだが、そのことを了解しているはずの木村田は(というより木村さんは)、天文サークルを離れようとはしなかった。僕としてはどうだっていいことではあったのだけれど、このアンノウンの出現は少なからずサークルメンバーの動揺を誘った。
「カップル達成の暁にはサークルを去るのではなかったのか!正直目障りだ!」という意見と、「なんとうらやましすぎる!あんなイチャイチャしてサークル活動ができるのか!?素晴らしい、俺もそうなりたいものだ!」という反する考えが交差している様で、複雑な思考回路を備えた負け犬どもは、残りの女性陣を我が者にせんと奮起するのであった。
そんな経緯もあり(どんな経緯だ)、今日は参加出来るメンバーだけで懇意会を行おうと、繁華街にやってきたのであった。そもそも懇意会なるものは、今までに一度も行われたことがない。しかし日高さんがサークルの会費を使用すると宣言してしまったため、僕も引っ張りだされてしまったのだ。
「ちーくん、今日ってなにするん?」
「さぁ?日高さんに聞いてみたら?僕は財布代わりだから、なにも知らない」
「えー、私あの人苦手」
「僕だって苦手さ」
おそらくサークルメンバーのほとんどがそう思っているだろう。二〜三年ならまだしも、五年ものジェネレーションギャップがある以上、まともに話せるメンバーは木村さん以外はいないだろう。
「そんなに話しにくい人なんですか?」
葵ちゃんのその問いに答えたのは千明だった。この二人、あれ以来仲がいい。話半分で終わってしまった以上、僕としては葵ちゃんがどう思っているかが気になったものだけれど、その後に葵ちゃんが同じ話題を口にすることは無かった。葵ちゃんなりに気を使っているのかも知れない。
「話しにくい!」
「でも六年ぐらいのものなんでしょう?そう問題になるとも思えないんですけど……」
「なんか古いねんなぁあの人。あーちゃん話した事あるん?」
千明は葵ちゃんのことをあーちゃんと呼ぶ様になっていた。なんで葵ちゃんだけまともなあだ名なんだ!という気持ちが生まれたのは秘密にしておこうと、僕はそう考えている。
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「あー楽しかったぁ!ちーくん、おなかすいたー!」
日が傾こうとしている。ゆらゆらと動きながら狭くなっていく太陽の面積を見ながら、僕らは家路についていた。散々サークルの会費で遊んだあとだった。ボーリング、カラオケ、ショッピングと学生デートのフルコースだった。行く所を考えたのは言うまでもなく木村田だった。僕らは二人のデートに付き合わされた形になる。まぁそれなりに面白くはあったから、誰も文句は言わないだろう。
「なんか食べてこうか」
「さっすがちーくん!」
「言っとくけど、オゴらないからね」
「ちーくんのケチー!」
「それ、前も言ってたよね」
「ちーくんの計画的!」
「千明の記憶力がいいのはわかったよ」
そんなことを話しているとなりで葵ちゃんがくすくすと笑っている。不思議な感覚だった。今までは僕らはずっと二人で行動してきたのに、一人増えるだけでなんだかまったく違った雰囲気をもつ。それがいいか悪いかは一先ず置いておいて、僕はこの感覚が嫌いではなかった。