恋愛小説(1)-18
「なんかさ、ちーくん」
「ん?」
「なんかああいうの、いいなぁ」
「ん?なんのこと?」
「あの影」
千明の手は冷たくて、小さかった。
「僕もそう思ってた」
「ホンマに?」
「うん、ホンマに」
「ははっ、ちーくんの関西弁、違和感あるなぁ」
千明が笑ったから、僕は嬉しかった。もうどうしようもなく、嬉しかった。
「ん?ホンマに?」
「あははっ、やめてー笑かさんといてー」
◇
千明の部屋は暖かくて、千明がいれてくれたコーヒーはおいしかった。
「私なぁ?なんか木村さんに気にいってもらってるみたいやけど、なんかなぁ……、あの人苦手やねんなぁ」
「そうなんだ」
「うん。私、ちーくんのことは一目で好きになるってわかったけど、木村さんは一目で嫌いになるってわかったわ」
千明には予知能力があるのかもしれない。利己的で、哀しい予知だけど。
僕は千明のその言葉に、なにも言うことが出来なかった。なんと言えば千明を納得させることができるだろう。わかるはずもない。
「ちーくん、もしかして悩んでる?」
「ん?うん。まぁね、少なからずは」
「むぅー。だから言いたくなかってん」
千明はもういつもの千明だった。僕はそれが少し嬉しかったけど、どこかで少し寂しかった。ちょっとの時間で消えてしまう魔法。その魔法は、ファンタジー作品の様に万能ではなく、千明が思うとおりに扱えるわけでもなかったらしい。
「ちーくん。変に真面目やから、絶対こうなる思てた」
「こう、っていうのは?」
「だって、ちーくん、私の関係も切りたくないし、かといって、私の気持ちにも答えられんって思ってるやろ?」
「……うん」
「そんなん考えんでいいのに。私のわがままやねんから」
「でも」
「ええねん。私はちーくんといるのが幸せ、ちーくんは私といることで少なからずプラスに思ってくれてる。それでいいやん?だれも損はしいひんやん」
「千明は辛くないの?その、僕が曖昧な答えをだすことに関しては」
「そんなん、わかってたし」
コーヒーカップには熊の絵が書いてあった。眼が垂れた、かわいらしいキャラクターだ。一体この絵は誰が考えたのだろう。そんなこと知っても意味がないことを知りつつ、僕はそんなことを考える他、頭を使えなかった。