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God's will
【その他 官能小説】

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A man who doesn't have one's dominant arm-1

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「あ、え?」と困惑する僕に、「いいから中に入りなよ。紫音君でしょ?」と女が言い、彼女がルカでないことに気がつく。よくよく見ると、髪形がルカとは違うし、身長もルカよりも高い。でも、よく似ている。無農薬でフレッシュなベジタブル的な女性だ。彼女は一体誰だろう? それに、どうして僕の名前を知っているんだ?

 居間へ入ると、見覚えのない男がテーブルの前に座っていて、「やあ」と僕に向かって言った。部屋は生理整頓されている。何かを調べた形跡もないし、何かを探した気配もない。小さなテーブルの上に二つティーカップが乗っている以外は、僕がこの部屋を出たときのままだった。僕は男から視線をはずし、寝室の方を見るが、ふすまは閉められていた。ルカが寝室で眠っているように死んでいるのかどうかを確認することはできなかった。

 再び視線を男に戻す。男は狼のプリントが胸の辺りに大きく描かれているくすんだ黄色のTシャツを着ていた。そこから伸びる左腕には黒のG-SHOCKがはめられていて、右腕はひじから下がなかった。裾をロールアップした濃いグレーのパンツを履いている。髪は短く、サイドが刈り込まれたツーブロックのヘアスタイルだ。黒縁で横長の長方形のレンズの眼鏡をかけている。

「色々と大変だったようだね」と男は優しく言った。その瞳は《僕は全てを知っているよ》と物語っているようであり、その言葉は僕を慰めるためではなく、幾分か同情するような意図を孕んでいた。

「あの、あなた達は誰ですか?」と僕は訊く。

「アタシは荒木由佳。由佳って呼んで。ルカはアタシの妹。それから」僕の隣の女が自己紹介し、次いで男が「僕は宮下勉。由佳の恋人だ」と言う。

 ルカの姉と、失踪したはずの宮下勉君? 嘘だろう? 僕はますます訳が分からなくなり、二人の顔を交互に見つめる。そんな僕の姿を見て宮下勉は肩をすくめ、由佳さんと顔を見合わせる。

 そもそもルカの姉すなわち荒木由佳は、僕が北海道滝川市の短期大学に入学するよりも前に死んだはずで、自殺と他殺両方の線で捜査は進められ、結局は自殺と断定されたが、その過程で容疑者として挙げられたのが今目の前にいる宮下勉君だったはずだ。そうルカから聞いた。それならば何故その二人が一緒にいて、こうして今このタイミングで僕の目の前に現れたりしたんだ? それならば、ルカはあの星空の下で僕に嘘をついたというのか? ルカは虚構の世界で由佳さんを亡き者とし、それを僕に本当のことのように語ったのだろうか? 一体何のために?

 と、僕の疑問に答えるように、宮下勉君が口を開く。

「ルカから、僕と由佳の話は聞いているんだね?」

「ええ」僕は頷く。

「それなら、少し混乱するだろうね。何しろ君は色々とあったばかりだし、そんな所に死んだはずの由佳と、失踪していたはずの僕が一緒にこの部屋に来た訳だから。一体ここが本当に現実の世界なのか、疑いたくなるような気持ちだろう」宮下勉君はそこで言葉を切って、僕の表情を観察する。僕は今どんな顔をしているのだろう。自分でもよく分からない。宮下勉君は話を続ける。「僕の方も結構長い話になる。何しろ利き腕を失ってしまったし、これがまた随分と不思議な話なんだよ」彼は苦笑する。「だから、全てを一気に話してしまうと、君の混乱はますます深まってしまうと思う。でもそれは僕の望むところではないんだ。だから、まず大切なことを君に話そう。それは、ここは本当に現実の世界だということだよ。君が今までしてきたことも事実。僕が片腕を失ったのも事実。そして、君の喪失と僕の喪失はある一点で結びついているように僕には感じられる」

「僕の喪失と、宮下さんの喪失ですか」僕は話が見えないままに宮下勉君の言葉を反復した。


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