『夏、指切り、幻想』-1
「じゃあ、また此処で逢おうか。約束だ、涼斗」
色白で華奢な少年が、柔らかく微笑んで小指を差し出した。
「約束だな、カラス」
俺は右手を伸ばしてその指に小指を絡める。
夕暮れの神社に、涼風が吹き抜けた。
橙色の夕陽が、二人の顔を照らす。
………いつの指切りだっけ?
……………あぁ、そうか。二年前だ。
去年は高校受験だなんだで忙しくて、逢ってないんだっけ。
…………………………。
「りょーとにーちゃん、たべるー?」
「んー?」
何をする訳でもなく、ただぼんやり畳に座っていた俺は、その幼い声に振り返る。
弟の優が、ソーダの飴玉を二つ程俺に差し出していた。
その飴を見て、これが好物だった少年が頭をよぎる。
「んー、さんきゅ」
涼斗が片手を差し出すと、優はにこっと笑ってその手に飴を載せた。
そしてぱたぱたと別の部屋に走り去っていく。
俺は窓の外を見つめた。
午後4時の夏空は、まだ明るい。
未だに蝉時雨はやまず、夏の景色を賑わせている。
涼斗は、小3の弟を連れて田舎にある祖父母の家に来ていた。
部活とバイトの関係で、二泊三日の予定である。
夫婦二人暮らしの祖父母に顔を見せるのと、弟の面倒の目的を母親から預かってきているが、俺の本目的は、別のトコ。
……………カラス。
また逢おうって約束した、同い年のカラス。
ヤツの為に、俺は来たのだ。
因みに、"カラス"は俺の付けたあだ名だった。
初めて逢った小4の時、神社でカラスと遊んでたから。ただそれだけ。
「ちょっと出掛けてくる」
涼斗は飴をポケットに仕舞うと、そう云い残して祖父母の家を出た。
向かう先は、あの神社。
カラスと最初に出逢ったのも、毎年待ち合わせるのも、此処。
その待ち合わせも、事前の約束はない。でも逢えるのは、何故なのか。
その理由は、俺にもよく判らない。
神社の朱色の鳥居をくぐり、長い階段を登った。
神社を囲う木々で、沢山の蝉が騒ぐ。
鳥の声も混じるが、殆ど耳に届くのは蝉時雨だ。
このまま俺の存在ごと、蝉時雨に掻き消される様な錯覚に陥る。
……………に、しても。
「………はぁ……はぁ………………この階段は、ツラ………ッ………」
そりゃ部活で鍛えてはいるケド。
ツラいモンはツラいのだ。
涼斗は、息も絶え絶えに最後の段を踏み越えた。
清廉な空気の漂う、神社の境内。
こちらを睨む狛犬と獅子の間を通り抜け、俺は更に中へと踏み込んだ。
木漏れ日が地に映り、ちらちらと揺れていた。