『夏、指切り、幻想』-3
「……………あ、一雨くるかも」
カラスは急に空を見上げた。
俺もつられて見上げた。黒い雲が覆っているのが見える。
すると、俺の頬に大粒の雫が落ちた。
「カラスッ、走んぞッ」
「あ、うん」
涼斗はカラスの手首を掴むと、駆け出した。
間もなくして地をけたたましく叩く夕立が降り注ぐ。
俺とカラスは、駆け込んだ近くの公園の東屋に避難する。
いつの間にか、蝉の声がやんでいた。
「濡れちゃったね」
水を含んで顔に張り付く前髪を目から退けながら、隣に座るカラスが云った。
「あぁ。夕立には参るよな…………」
涼斗は薄茶の前髪を掻き上げた。
ザアアァァァァァァ……………
雨は地面を叩き、屋根を叩き、誰もいない公園に降りしきる。
「……………食う?」
会話がなくなり、俺は優から貰った飴を取り出した。彼の好物、ソーダ飴。
「うん、ありがと」
カラスはにっこり笑ってそれを受け取った。
コレ好きなんだ、とか嬉しそうに封を切った飴を頬張るカラスを見てると、なんか、いい意味で全部どうでもよくなってくる。
倖せそうに笑うコイツを見てるだけで、俺は充分満たされる感じがする。
なんで……………俺はコイツと同じ学校じゃないんだろう。
もっと近い場所で暮らしてないんだろう。
俺は……………。
雨がさっきより弱まった。
「俺もこっちで暮してりゃ、夏じゃなくても毎日お前といられるのにな」
涼斗は呟いた。
「うん……………。去年、すごく寂しかったよ」
「だから、悪かったって……」
俺はカラスを見て、はっと息を呑んだ。
さっきまでの笑顔はなくて、今まで見た事ない様な哀しそうな表情を浮かべている。
「……………何か、あったのか?」
「あ、上がったよ、雨」
カラスはぱっと立ち上がると、東屋から駆け出た。顔はもう、俺には見せずに。
「さっきからはぐらかすなよッ」
俺はそれを追って走った。
「……………ん」
ぽい、大玉の飴玉が投げ渡された。
俺は慌てて、それを落とさない様に掴む。
「そろそろ帰ろっか、涼斗」
その俺に振り向く頃には、カラスはもう、綺麗な笑顔を浮かべていた。
「ただいま……………何してんだ?」
俺は祖父母の家に帰った。
そして、廊下に座って何かしている優に尋ねた。
「せんせがね、しゅくだいに、かきぞめやりなさいって」
「へぇ。明日帰るんだからな。ちゃんと片付けろよ」
「はーい」
優は無邪気に返事をすると、また書き初めに夢中になった。
俺は床に敷いてある古新聞に目を止めた。
『サッカー日本、3−2の逆転劇』。……………あぁ、確かコレって、去年の夏だっけ。随分昔の古新聞だな。
その辺に散らばった他のページを見てみた。『現代日本の政治経済』、『地球温暖化の恐怖』、『中学三年男子、…』……………ん?
コレが去年の新聞なら、同い年じゃん。俺はその小さい見出しに目を付けた。