Island Fiction第5話-3
「イヤァァァ!」
わたしは悲鳴を上げた。
全体を包む雰囲気はまるで別人だ。
しかし、鋭い眼光と高い鼻、歳の割にはシワの深い目尻、薄い唇とスッとした細い顎。
見間違えるはずがない。
目の前で椅子にふんぞり返っているのは、かつての主治医ササキだ。
男のスーツは仕立てがよかった。
肩のあたりは変なシワを作らずにピシッと決まっていたし、胸のラインは体へ張り付くようで、熟練した職人による仕事だと一目で分かる。
生地の表面も滑らかで、柔らかそうだ。
シルクのネクタイは光沢があり、流行に左右されないベーシックな太さで、柄のセンスも悪くない。
そして左腕を飾るのはフランク・ミューラー、足下はベルルッティだった。
かなり羽振りが良さそうだ。
「覚えていてくれて光栄だね」
ササキはしゃがれた声で言った。
その声には聞き覚えがあるはずなのに、初めて聞くような感覚だった。
五年前のあのとき、島へ踏み込んできたのは警察官だった。
麻薬やその他無認可の薬物製造、人体実験、幼女誘拐、監禁、脱税、政治家への贈賄疑惑、あらゆる容疑でお父様はニューヨークのホテルに滞在していたところを地元警察に逮捕された。
当時の反響は大きく、事件は連日テレビのワイドショーやニュース番組を賑わせていた。
わたしはニュース報道でお父様が亡くなられたのを知った。
拘置所で首を吊っていたということだった。
死に顔は目にしていない。
わたしはすでに精神病院へ入っていたので、別れのキスをすることも許されず、ただ病室でお父様の死を受け入れるしかなかった。
だからその事実を諾えるわけがなく、ずっとわたしの心に引っかかっていた。
「成長したようだね」
とササキは品定めするような視線を向けた。
「社長、どうですか? 上玉でしょ?」
武井は男に歩み寄ろうとして、プロレスラーのような黒人の男に行く手を遮られた。
「ふむ……。ちょっと、脱いでみなさい」
社長と呼ばれた中年男は低いトーンで言った。
脱げと言われてそうですかと裸をさらすほどわたしは露出狂ではない。
ササキはもう主治医ではないし、身体検査をされる謂われもない。
何よりも気にかかることがある。
島で暮らす三十九人全員が死んだ。
警察が踏み込んだときにはすでに全滅していた。
何者かによって殺されていたのだ。
そして一緒に死んだと思われていたササキが生きている。
それは単なる偶然ではないだろう。
「あんたが殺したのね」
「不明瞭な質問には回答しかねる」
わたしも殺される……。
足がガクガクと震えた。
お前のようなクズ女にこの世に未練なんてあるものか、と人は笑うかもしれない。
流されるままに生きてきたけれど、わたしは人並みに生を欲していた。
生存本能などという低次な行動様式や習性とは決定的に違う。
生への執着は未来への希望などではなく、死への畏怖なのだ。
死が希望に満ちたものであると保証されるならば、わたしは喜んで受け入れるつもりだ。