EP.4 お兄ちゃんは超ボロボロ-3
「お粥作るから待ってて」
「いいぞ。ただし10分しか待てない、それ以上なら探しに行くからな」
「その時間だとちょっと無理。もう少しだけ待ってて、わかった?」
いつもは鬱陶しい冗談も今回は本心に聞こえる。
ほっといたらやりかねないので、なるべく早く戻ってあげる事にした。
しばらくして、お粥と薬、水を入れたコップを盆に乗せて典明の部屋に戻る。
「お待たせ」
「本当にお待たせだな。もう時計が半周しちまったぞ」
悪態をつくのを無視して土鍋を床に置いた。
寂しさのあまり起き上がってくるかと思ったが、まともに動いているのは口とせいぜい目くらいだった。
どうやら減らず口の割には体力がかなり落ちているらしい。
(自分じゃ食べられなさそうかな。無理矢理させるのもあれだし・・・)
れんげで一口掬って、典明の口に近付けた。
「おっ、さすがは妹だ。いまお願いしようとしたところだが、まさに以心伝心ってやつだな」
「喋るより食べれば」
「熱い!お、お前、フーフーしてから・・・だから熱いって!」
まだお粥は火を止めたばかりで小さく煮立っている。
典明の言うとおり、ちゃんと冷ましてあげた方が良さそうだ。
「はいはい、分かりました変態様」
れんげに息を吹き掛けてからもう一度典明の口に運んだ。
今度はすんなり受け入れ、お粥をゆっくり咀嚼しながら味わっている。
「美味しい?」
「うへへへ、ひかりの息と間接キスしちゃったぞ」
味の感想を聞いているのに、典明にとってはお粥にかかったひかりの吐息の方が大事らしい。
動けない程体調不良をこじらせているが、この通り兄は変態さを少しも失っていなかった。
「覚えてるか、お前が初めて風邪ひいた日を」
「小2の時だっけ、確か」
「そうだ。あの時は怖かったな、ひかりがいなくなっちゃうんじゃないかって」
大袈裟だな、とひかりは思ったが、風邪をひいた典明に対して悪いと思い口を閉じる。
それは単に気を使っただけでなく、典明の悲しそうな笑顔に胸が痛んだからだった。
「あの頃は可愛かったなあ。どこに行くにもお兄ちゃん、お兄ちゃんと、ひょこひょこついてきてな」
「そんな事もあったっけ。あのさ、その喋り方、反抗期の娘の父親みたいなんだけど」
「目に入れても痛くないお前が高熱を出した時は、まさに一大事だった・・・」
父親を超えて孫の思い出を語るお爺ちゃんの様に老け込んで見える典明。
(なんで急に思い出話を始めたんだろ、この変態)
ひかりの頭に、何か嫌な予感が過った。
・・・人は生命の危機を迎えると今までの人生を思い出す、というのを、他ならぬこのお爺ちゃんもどきから聞いたことがある。
まさか、急にこんな話を始めたのは、典明が危篤だからではないだろうか?
ひかりが心配そうに見ていると、いきなり歌いだした。