Island Fiction第4話-1
「お父様の書斎にすごいものがあるの」
アザレアがこう言ってわたしをお父様の書斎へ連れ込んだ。
すごいものとは、パソコンのことだった。
パソコンはネットワークを介して外の世界とつながっている。
普通の人ならば別段驚くようなことではなくても、わたしにとっては新鮮だった。
わたしの脳みそでは完全には理解できていなかったけれども、「つながっている」という言葉に心が躍った。
わたしは物心ついたときから、外の世界を知らない。
わたしの世界は、島の頂上に建つこの屋敷の中で完結していたからだ。
わたしたちにとってお父様の書斎は、絶対に犯してはならない聖域だった。
立ち入ることなど言語道断だった。
それでも知識への渇望を抑えることは出来きず、わたしは一線を越えた。
朝からお父様がご不在であるのはローズの報告により確認済みだった。
どこで手に入れたのか、アザレアは鍵を鍵穴に差し込み、音を立てないようにゆっくりと回した。
まるで宝箱を開けるようだった。
禁断の場所に足を踏み入れる。
罪悪感と冒険心がわたしを興奮させた。
ネットワークの世界は御伽の国だった。
可愛らしい洋服やきれいな宝石、美味しそうな料理、海や山や自然の美しい風景、心へ響く歌の数々。
あらゆるものが詰まっていた。
アザレアはずいぶん前から内緒で出入りしていたようだった。
パソコンを起動させ、クリックし、検索ワードを打ち込む。
一連の動作は手慣れていた。
彼女のあらゆる知識はここら仕入れていたのだ。
部屋にあるのはネットワークだけではない。
本や雑誌といったものなども棚の中に詰まっていた。
アザレアはどちらかというと紙媒体の方に夢中だったけれども、わたしはピコピコ動くモニター画面に釘付けになった。
わたしはネットの世界に溺れていった。
情報は脳細胞の一つ一つに染みこんでいった。
お父様の書斎に入り浸るようになるまで、さして時間はかからなかった。
一人で忍び込むことも珍しくなくなった。
こんなに楽しいものを隠していたなんて……。
これまでに抱いたことのない感情が芽生えてきた。
心がざわめいた。
こみ上がる感情が怒りだったからだ。
怒りとはすなわち攻撃性である。
わたしは自分の気持ちに少なからず戸惑った。
アザレアからは秘密にするように硬く言い含められていた。
クルミにも話さなかったし、十分注意していたつもりだった。
それでも頻繁に出入りしていれば、いずれは露呈するものだ。