EP.1 お兄ちゃんは超シスコン-1
ひかりは、蒸し暑い中を必死で自転車を漕いで逃げてきた。
兄の姿が見えなくなったのを確認してからタオルを両手に広げ、押しつける様に顔を拭う。
「やっば!お弁当忘れた!」
何とか兄のストーキングを振り切ったが、肝心の昼食を忘れてきてしまった。
何の為に毎朝早起きして作ってるのか、とひかりは自分の迂闊さを恨んだ。
だが今更戻ろうにも学校には遅れてしまうし、何より兄と鉢合わせになる可能性がある。
「うわあ最悪・・・財布も忘れてるし」
こんな事になったのも、あの変質者の所為で準備の時間が取れなかったからだ。
進む事も戻る事も出来ず、ひかりは途方に暮れていた。
「ひかり〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!!」
突然遠くから聞こえてきた声に体が強張った。
見るのが怖かったが恐る恐るその方向に目をやると、あのストーカーがこちらに走ってきている。
「弁当忘れてるぞ!財布も!」
信号を平気で無視しながらクラクションをBGMに、妹の為にひた走るその姿は、まさしくシスコンそのものだった。
いっそ車に轢かれて轍の溝に沈めばいいのに、とひかりは願いを込める。
「ぐはぁあっ!!」
願いは微妙に叶った。
兄は、止まりきれなかった原付に跳ねられたのだ。
宙に舞う姿の美しさに、ひかりは一瞬あれが変態だと忘れて見惚れてしまう。
「っと!!おいお前、邪魔をするな!」
だがその変態は何事も無かった様に受け身を取り、相手に掴み掛かろうとする。
だが運転していた者は、たった今跳ねた者が流血どころか痣すら無い事が恐ろしくなり、逃げる様に走り去ってしまった。
「こら逃げるな!人を跳ねといて何を考えてるんだ」
鍛えれば多少の事故は大丈夫なのか、とひかりは兄の頑丈さに感心してしまった。
学校ではボクシング部に入っており皆からは化け物と恐れられている。
何度か自転車にぶつかるのは目撃していたけど、もっと危険な乗り物に跳ねられたのは初めて見たのだった。
「ごめんなひかり、ちょっと転んじゃって。弁当・・・無事だといいけど」
間近で見ても本当に痣ひとつなく、跳ねられた所を痛がっている様子もない。
「・・・ありがと」
差し出された弁当と財布を受け取りひかりは礼を言った。
目を合わせる事は、出来なかった。