EP.1 お兄ちゃんは超シスコン-5
「暑っつぅ〜〜・・・ったく、余計な汗かいた」
部室には空調が無いので、部員は夏の間はうちわ等を持って入るのが習慣になっている。
取り敢えず汗が落ち着くまで扇ぐつもりだったが、蒸し暑い空気が充満した部室ではそれは無理な話だろう。
汗が止まるのを諦め、ひかりはスケッチブックを取り出した。
最初はあまり考えずに鉛筆を走らせて、出来た下書きを見て違和感を感じ、違うページに再び書き込んでいく。
コンクールが迫っており、あまり悠長に下書きを繰り返している時間は無い。
花も胡桃も既に着色まで終えた絵が何枚かあり、それを吟味する段階まで行っていたが、ひかりはまだ一枚も完成させていなかった。
元からあまり筆が速い方では無く、更にコンクールのテーマがひかりの手を鈍らせていたのだった。
「・・・私の大事なもの、かぁ・・・」
部長や先輩の絵を思い出す。
ある人は恋人を描き、別の人は屋上から見下ろした景色を描いていた。
好きな食べ物や、アーティストや有名人の似顔絵、果ては自身を描いた人もいた。
その全てがひかりにとって眩しかった。眩しすぎた。
「負けてられない。私だって部員の1人なんだから、絶対完成させてやる」
鈍っていく気持ちを奮い立たせる様に鉛筆を握る手に震わせ、新しいページに線を重ねていく。
思い付かないだけだ、自分に絶対大事なものはある。
そう信じて・・・
どれくらい経ったのだろう。
電気がやけに眩しいと感じた時は、既に外は暗くなり始めていた。
ずっと没頭して汗をかくのも気にせずにいたので、体からは多量の水分が失われていたのだった。
「やばっ、早く帰らなくちゃ閉められちゃう!」
兄避けの為に置いた物をどかさなくては出られない。
ひかりは、深く考えずにロッカーを移動させようとした。
「あれ、あれっ、嘘」
だが、そこに固定されたかの如く微動だにしない。
入ってきた時は動かせたのだが今はミリ単位ですら動かす事が出来なかった。
「そう言えばさっきは夢中だったっけ・・・」
あの時は兄に追い掛けられ、襲われる事への恐怖で自身のリミッターが外れた状態だったのだ。
すっかり落ち着いてしまった只の部員では、重りを動かすのはほぼ不可能だろう。
縋る様に携帯を開いたがなんと電池切れで、物言わぬ塊になっていた。
「授業中にネットの掲示板にあの変態の悪口なんか書いてるんじゃ無かった・・・」
インターネットは電池を消耗しやすい。
自業自得、である。
こうなれば窓から脱出、と立ち上がりかけたが直ぐに膝が床に付いた。
飛び降りれば足を折るのが可能な高さだった。
学校に警備員はおらず、ひかりの知る限りではわざわざ最後に巡回する様な教師は居ない。