ふきつないちにち-4
その後の質問で、恋人は木村修という名前だということ、彼とは会社の先輩女性社員からの誘いで参加した合コンで知り合ったこと、最初はそんなつもりは全然なくて、どちらかというと会社の付き合いでそこに参加したこと。電話番号を交換して、何度か誘われてデートをしたこと、四度目のデートで告白されたこと。散々悩んだ挙句オッケーを出したこと、などを僕は知った。
電話を切るとき、「良かったな」と僕は言ったが、それは僕ではない他の僕がそう言った。周囲に壁を張って心を開かず、建前と便宜的な発言しかしない第三者的僕がそう言った。その「ふきつないちにち」の不吉な出来事は、ルカに恋人が出来た知らせで最後になったが、もしそれがなくて、つまらない不吉がいくら重なったところで、僕はこんなには落ち込まなかっただろうと思う。それにしても、同級生の死よりも、ルカに恋人が出来たという事の方が僕には深刻なダメージを与えるのだな、と特に幻滅するでもなく漠然と僕はそんなことを思う。
ルカに恋人が出来たという事実は、予想以上に僕にダメージを与えることになった。その日の夕食は食べられなかった。コンビニエンスストアで弁当を買ってきたが、テレビをつけ、電子レンジで暖められ、ほくほくと湯気の立つ弁当をテーブルの上に置き、いざそれを前にすると、急に食欲がなくなった。二口だけ食べて、後はそのまま放置してウーロン茶をグラスに二杯飲んだ。煙草に火をつけ、ソファーに横になり、テレビを見る。テレビを見ながら僕が考えるのはルカの事で、だから全然テレビなんてついてる意味はないのだ。芸能人たちのテレビ的演技を楽しめる心境じゃないのだ。僕は。
想像の中のルカは僕のよく知るその笑顔を、木村修という顔のない黒い影の男に向ける。木村修は髪の毛を茶色にしていて、耳にはグリーンでプラスティック製でリング型のボディピアスをつけている。サイズは0G。大体、大学生でもないのにそんな格好しているなんてろくな社会人じゃないぜ、と貶してみるも、僕自身まともな社会人としての資質は持ち合わせていないし、そもそもそんな木村修像だって、僕が勝手に作り出した幻想に過ぎない。結局木村修の顔なんて上手く想像できないから、僕の想像の中では木村修の顔はぼやけている。アダルトビデオの性器の修正みたいに。時計を見る。午後八時半。今頃ルカと木村修は夕食を終え、ゆったりとテレビでも見ているのだろうか。僕が今一人ぼっちで見ている番組を?
よせよせ。ファックだ。それ以上考えるな。ろくな事にならないぜ。明日は仕事だし、せっかくの休日の夜くらい、ゆっくり漫画を読み返すとか、PS2を起動させて二週目のペルソナ4をやるとか、色々あるじゃないか。
僕は頭をぶるぶると振ってみて、それに特に意味は無かったのだろうけれど、なんとか立ち上がった。でも、PS2を起動させる元気もなかったし、読み返したい漫画も特に見当たらなかったので、バスルームへ行き、シャワーを浴びる。
喪失の痛みは夜ベッドに入ってからふいに襲ってくる。計画的で冷徹な暗殺者みたいにそれはやって来る。そして暗殺者はピエトロ・ベレッタM92FSの銃口を僕に向け、心の中でカウントをとる。Three…木村修がルカの頬に優しく手を添え、口づけをする。Two…裸のルカの胸を木村修の手のひらが柔らかに包み、ルカは唇から官能的な吐息を吐き出す。One…ルカの濡れたヴァギナに木村修が顔を近づけ、クリトリスを舐める。Zero…。カウントを終えると暗殺者が引き金を引き、ピエトロ・ベレッタM92FSのダブルカラムマガジンに装填された9ミリパラベラム弾が発射される。弾は超速回転で僕の胸を打ち抜く。僕は銃で撃たれたことがないから、どのくらい痛いのか想像もできないし、ああ、そういえばピストルで撃たれると患部はメチャクチャに熱く感じるって聞いたことはあるが、実際はどうなのかよく分からんが、僕の胸はメチャクチャ痛くて苦しくて死んでしまいたい。こんなの15発も耐えられそうもない。今安楽死のクスリがあったら迷わず飲む。絶対飲む。大金はたく。