ふきつないちにち-3
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木村修についてのほとんどの情報を僕が知らないのは、ルカが彼についての情報開示を否定したからだった。思えば、あの不吉な一日こそが、すべての問題の発端だった。いや、結果というのは、それまでの過程があって初めて実を結ぶものであるから、もしかしたらそれ以前より始まっていたのかもしれない。
僕は知らず知らずの内に運命の渦に巻き込まれ、そしてあの日を迎えた。僕に訪れたあらゆる選択肢を全てパスしてきた僕からしてみれば、それはもう、ただ単に受け入れざるを得ない問題だった。そうしたくなければ、僕はそもそもの初めから物事に対し、もっと積極的に参加し、意見を述べ、質問をするべきだったのだろう。全ては僕の知らない世界で進行され、そして僕の元には結果だけが提示された。上司の集う会議の結果としての命令を言い渡されるサラリーマンみたいに。
僕が「ふきつないちにち」と名づけたあの日曜日には、確かに初めからきちんとした予兆があった。なんだか今日はきっと何をしても上手くいかない一日になるであろう要素が、要所要所に効果的に含まれていた。起床後に冷蔵庫を開けたとき、いつも入っているはずのウーロン茶のペットボトルが入っていないところからその一日は始まった。ただ買い忘れていただけなのだが、初めが上手くいかない一日というのは、往々にして上手くいかないことが多い。朝食用の食パンは封を締め忘れていて乾燥していた。しつこい宗教勧誘の女性二人組みに三十分も要らん話を聞かされ、その少し後には中学校時代の同級生の訃報が届いた。その中学生時代の同級生とは特に親しい訳ではなかったが、まだ歳若い同い年の顔を知っている人間が死ぬというのは、どこかしら奇妙な感じがした。特別悲しいとも思わなかったが、言うまでもなく愉快な気分にはならない。
とんだ休日だぜ。ファック。と思いながら、昼過ぎにテレビをぼんやり眺め、無意味に疲れ果てていた僕の携帯電話がふいに鳴り、その着信音大塚愛のHappy daysから、ルカからの電話だと僕は思う。ルカの着信音だけが他の着信音と違っていた。まあ、そうでなくとも僕に電話をかけてくる奴なんてそうそういないのだけれど。もし他のやつから電話がかかってきたら、大体ろくでもない話だ。同級生の訃報とか。
「もしもーし」と電話に出ると、「あ、紫音?」とルカが言うので、「俺に電話をかけてるんだから俺以外出るわけねーだろ」と返す。
「そうだよね、ごめん」
「なした?」
「ちょっと、話があってさ」どこかしら沈んだ声でルカは言う。ほうらやっぱりな、と僕は思う。冷蔵庫の中によく冷えたウーロン茶がないからこんな電話が、よりによってルカからかかってくるんだ。僕はほとんど正しい直感で、この電話がろくでもない電話だということを確信する。
「んで、話って何?」「えーっと、えっとね」「だから、何よ?」「じゃあ、単刀直入に言いますが!」「だから言えって」「えーっとね。えーっと」「おい」「彼氏できた」「ん?」今なんて言った?「え? 何? もう一回言って」「やだ」「なんでだよ」「さっき言ったじゃん」「彼氏が出来た?」「うん」「誰に?」「・・・」「ルカに?」「そう」
ルカに彼氏が出来ました。おめでとう。お幸せに。なになに、どんな人? もうエッチしたの? なんて、僕は女友達みたいになんか盛り上がることはできず、というか致命的に落ちた気分で、「そっか」と言った。