涙の理由-3
明かりを消し、同じベッドの中で、ルカは僕に抱きつく。僕も自然にルカの腰に手を回す。そうすると、ルカは待ってましたと言わんばかりに泣き出す。ぐすんぐすんと、大げさにではなく、しとしと降り続く雨のように泣く。僕は心のどこかで、ルカに一発かましたい衝動に駆られたらどうしようと、内心へっぽこな葛藤をしていたのだけれど、心配ご無用だった。僕はとても静かな心で、僕の胸の中で泣き続けるルカを抱きしめることが出来た。腕の中で小さくおびえているルカを守りたいと思った。でも、どうして今日この日に、ルカは精神不安定になり、僕に頼り、泣いているのだろうと僕は思う。宮下勉君って一体何者なのだろうと僕は思う。でも、そんな一切合財を、まあいいじゃないかと僕は思うことにする。本当は今すぐにでも知りたいところだけど、それを訊くのは野暮というものだし、もしかしたらそんなデリカシーのない僕をひょっとしたらルカは嫌いになってしまうかもしれないし、ルカに嫌われるリスクを負ってまでそれを知りたいかと言われれば、それほどでもない。
僕は明日が来ても今日の理由は尋ねないでおこうと思った。いつかしかるべきタイミングで、その理由を知る日が来るかもしれない。
そして、そのしかるべきタイミングというのが、つまりはルカに誘われた星空の下だった。同じベッドの中で眠るという、友人という関係性においては異質だったあの日から、半年くらい経っていた。
「紫音、本当に知らなかったの?」
「何を?」
「宮下勉君の話。短大のとき結構話題になってたのに?」
「本当に知らんかったけど?」と僕が言ったのは、嘘ではない。僕は本当に親しく話す友達はルカくらいしかいなかったのだ。だから、結構話題になっていた事すら僕は知らなかった。
「そっか。あの時、ありがとね。助かった。一緒にその、寝てくれて」
「実は、おっぱい揉んじゃった」
「嘘!」と、いきなり大声を出して驚くルカに、嘘だって、と僕は言う。つついただけだ。朝方に、二回ほど。人差し指で。
「宮下勉君って、中学時代のお姉ちゃんの友達で、高校のときからお姉ちゃんと付き合うようになったんだ」と、ルカは星空を見ながら話し始める。「私たちの五個上で、優しい人だったな。私のこと妹みたいにしてくれて。アイス買ってくれたり、お姉ちゃんと二人で誕生日プレゼントくれたりした。たまーに遊びにも連れてってくれて、ファミレスとかおごってくれて」
「仲良かったんだ?」
「うん。超仲良かった。ホントのお兄ちゃんみたい。でね、高校を卒業して、お姉ちゃんと宮下勉君、二人揃って私たちの通ってた短大に入ったの。一緒に部屋借りて、お父さんはぶつぶつ文句言ってたけど、一応親の公認的な感じで暮らしてさ。うらやましかったな、私。私も高校卒業したら、絶対進学して同棲しようって思った。一度中学生のとき、お姉ちゃんと宮下勉君のとこに泊まりに行った事あって、お姉ちゃんが家事とかやってて、びっくりした。一緒に暮らしてたあのぐうたらな姉ちゃんはどこ行ったんだ! って感じ。本当の夫婦みたい。いつか結婚するんだろうなって思ってた。上手くいってると思ってたのに」そこで、ルカの声のトーンが下がる。「あの日。紫音がわたしの家に泊まった日あるしょ? あの日ね、お姉ちゃんの命日なんだ」
「お姉ちゃん、亡くなってたんだ」と僕は応える。僕は宮下勉君の話はおろか、ルカの姉の話だって初耳だった。「事故か何かだったの?」と、ルカの姉の余りにも若すぎる死の原因が気になった僕はそう訊いた。
「ううん。自殺、かあるいは他殺だって」
「自殺か他殺」と、僕は聞きなれない言葉を反復する。僕の周りに、自殺か他殺で死んだ人間なんて今までに一人もいなかった。その響きはやけに現実離れして聞こえる。そんな僕に、ルカは続ける。