Island Fiction第1話 -1
何も成し遂げられず、何も生み出せず、何も残せない人生ならば、いっその事、初めから何もなかったことにする。
「ポイントの有効期限が迫っています。期限までにご利用がなかった場合、現在のポイントは無効になります」
レンタルビデオ店のポイントのように、わたしはこの世に存在しなかったことになっていく。
わたしは建物の屋上にいる。
コンクリートの縁に立っている。
わたしの行く手を阻む柵はない。
手すりもない。
一歩踏み出せばそこは「無」。
後は物理の法則に従うのみだ。
島の周囲が見通せた。
小さな船しか停泊できない港からすぐの所に、建物は建っていた。
左に目を向ければ能登半島、右を見れば朝鮮半島だ。
ここは日本海の小さな無人島だった。
五年ぶりの故郷の景色は、最後に見たときとなんら変わりがなかったけれども、郷愁にかられることはなかった。
不思議と冷静でいられた。
空調の室外機が並んでいる狭い空間だった。
昼休みに生徒がまどろむ学校の屋上とか、看護婦がシーツを干している病院の屋上とか、そんな時代錯誤のテレビドラマに出てくるような場所とはかけ離れていた。
お父様が経営する製薬会社の研究所だった。
わたしが物心ついた頃にはすでに閉鎖されていたから、機械はさび付き、コンクリートのあちこちに亀裂が入って痛みがだいぶ進んでいる。
「飛び降りてみる?」
アザレアがわたしに訊いた。
彼女にはわたしを止めようとか、命の大切さを説くようなつもりはないようだった。
アザレア……。
お父様が名付けた。
本名はたぶんないから、これが彼女の名前だ。
由来は不明だ。
聞いたところで彼女は正直に教えてくれはしないだろうし、わたしも興味がなかった。
二人ともアザレアという言葉の響きを気に入っていたのだから、それで十分だった。
アザレアは全裸だった。
二の腕、太もも、お腹、女の子が嫌うあらゆる贅肉はそぎ落とされ、それでいて必要な胸やお尻には十分な肉を備えていた。
背中まで伸びた光沢のある黒髪と切れ長の瞳は知性が感じられる。
あられもない姿でありながら、立ち姿には品があった。
彼女は陶酔しきった眼をわたしに向けていた。
股間を両手で押さえていた。
正確には、股間に突き刺さったバイブレーターを押さえていた。
文明の喧噪はおろか、鳥のさえずりや浜辺のさざなみも聞こえない。
屋上のこの場所は天空の別世界だ。
俗世界から隔離されている。
マンコをかき回すことが正しいことであり、神聖な儀式であるかのようでもあった。
この世界にはアザレアとわたししか存在せず、あえぎ声が唯一の言語だった。
バイブのピストンが激しさを増していった。
アザレアの息づかいも不規則に、そして早まっていく。
わたしは気持ちが高揚した。
いつの間にか、呼吸が荒くなっていた。