彩りの荒野-2
今まで生きてきて、一度ぐらい横路に目を向ける事があってもいいじゃないか。
私は心の中で年甲斐もなく、いつか麻美を抱く事を望んだのだった。
演奏会が終わって彼女を車で送って帰った。
彼女は郷里を離れてひとり住んでいる事は聞いていた。
もしも彼女に部屋に誘われたら…
そんな期待も胸に抱いていたものの、彼女は手を振って呆気なくひとり部屋へと帰って行った。
それで良かったのだ。
生まれた時代は違えど何かの縁あって知り合い。
特別な時間を二人で過ごす事ができたのだ。
あとは妻と娘が待つ家庭に帰ってしまえば、私の平穏な人生にしてはそれで上出来だったのだ。
だがその日を境に麻美との距離は急激に近づいたような気がした。
職場で目が合っても今まで黙礼するだけだったのに彼女は人目に気づかいながら明るく手を振ってみせたりするようになった。
そう…私にも彼女と恋する資格はあるのではないだろうか?
恥ずかしい事に私はそんな事を本気で考えていた。
そして…
「もっと寂しくなる事が分かってても、寂しさに耐えられなくなる事ってあるの。」
食事に誘った彼女は他愛ない会話の中に意味深な言葉をつぶやいた。
まさに私の事を抽象的に言ってるのだろう、男なら誰だってそう思うに違いない。
なぜなら、ここには私と彼女しかいなくて私たちは互いに一番親しい間柄なのだから。
「それは…僕にも分かるような気がする。
僕だって時々そんな気分になる事があるからね。」
「時々?…」
「そう…最近はよくあるなぁ。」
その時に彼女は何かを言い出そうとしたがそのまま何も言わなかった。
その時、彼女が何を言わんとしたのかは今でも分からない。
僕は物事を憶測で強引に決めつけてしまおうとするタイプの人間ではないからだ。
だけどその夜の僕は違った。
もうすでに何度となく誘った軽い食事。
重ねられた約束。
麻美をいつも通り送って帰る前にホテルのガレージに乗り付けてしまったのだ。