悔し涙が身に染みる……。-31
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「ここか……」
ようやく件のアパートへとたどり着いた幸一は、部屋へと急ぐ。
「おい、待てよ!」
達郎もそれに続くが、忍はふうとため息を着いているだけだった。
扉を前にしてノブを回す。しかし、鍵が掛かっているらしく開かない。
仕方無しにインターホン、ノックをするが、当然開くはずも無い。
「どうした?」
達郎が飲み物片手にやってくるが、ドアノブと格闘している幸一を前にして事情を察する。
「開かないのか? おーい、せんぱーい、俺です、達郎ですよ〜! 帰ってきたんであけてくださ〜い!」
近所迷惑を考えて抑えて声を出す達郎。しかし、反応は無い。
だが……、
――いや、やめて……んぁ……あぁん……いれないでぇ……あぁん……。
何かが聞こえてくる。
幸一はドアに耳を当て、目を瞑る。
――ああ、志保ちゃんの中、あったかいよ……。すごくきもちいい……。さっきいったからね、こなれてるね……。
――やめ、うごかないで……いや、いやなのにぃ……ひぐ、あん……。
――そんなこといわないで……、ほらほら、ほらほら!
――あん、あんあんあんあん! いぅ、んく……ぁっ! すご……だめ、そんなふうにされたら……あたし、あたし……いや……いぃ!
目がかっと見開かれる。
幸一はドアを壊す勢いで激しく叩き、自分の存在を告げる。
「おい! 志保、いるのか! なぁ! 開けてくれ! ここを開けてくれ!」
――え、幸一君……あ、やめ……やめて……それ以上しないで……んっ、んっ、んっ……あぁん……。
「ちくしょう! あけろ! あけろってんだ! なにしてやがんだ! 志保に指一本触れたらぶっ殺すぞ! このやろう!」
――あ、だめ……もう、また……きちゃう……あ、あ……あぁんん……んぅ……はぁ……はぉ……。
扉の奥で激しくなる何かを打ち付ける音。リズミカルにぱんぱんぱんぱんと響き、それに相槌を打つように志保の切なげな「あん」という声が入る。
「ちくしょう! 志保! 志保! 志保!」
悔しさに涙が溢れる幸一。しかし、頑丈なドアは傷一つ着くことが無い。
――ん、心配……しないで……幸一……くん、あたし、なんでも……あっ……ないか……らっ! ただ、その……そう、ゲーム……してるだけ……なの……。先輩と……ゲーム……、酷いからぁん! 先輩、いやらしいから……はぁ……、だから、その、変な声でるけど……いぅ……、何も、ないから……んぅ、んっ、んっ……。
「しほ……しほぉ〜〜……」
彼を慮ってなのか、彼女は明らかな現実をごまかそうとする。やがてドアを叩く手にも力が抜けてしまい、幸一はドアに背中を預ける。
――んっ、いや、そこ、責めないで……、そんなふうにされたら、あたし……もう……、負けでいいですから……やめ、やめて……。
――あ、今の、その、ゲームで、お店が取られそうになっただけだから……、違うの……、あ、そこはいってきたら! うれしい! や、もうすぐ、行きそう! あ、ゴールって意味だよ? もうすぐ終わりだから……。
――んっ、んっ、んっ、あぁ、あぁ、あぁ、いい、いきそう、いきそうだよ! あ……、もう、駄目……、いく……。
架空のゲームの実況をしていた志保だが、激しくなる肉のぶつかる音にそれも隠せそうに無い。
「ひっぐ、ひっぐ……」
無力感に打ちのめされ、ただただ蹲り、涙を流す幸一。いつの間にか達郎もいなくなっていたが、その方が楽だった。
代わりに誰かが近づいてくるのがわかったが、それも気にならないほど周囲に無頓着だった。
「……かわいそう。幸一君……」
そっと抱きしめてくれる人がいた。
甘い香水の臭い。ふっくらとした感覚。寒空の中、温かさをくれる人。