女刑事‐石宮叶那‐ラスト-1
決戦
22時を回った。
当直係り以外の捜査員は帰宅し閑散と捜査本部にて。
信吾も引き上げさせていた。
叶那は一人、ぼんやりと窓の外を眺めいた。
いっときの華々しさを失いかけてはいる物の。
この街の夜景は美しく叶那の大好きな眺めであった。
叶那や信吾が生まれ育ち、今では叶那の弟たちもこの街で輝ける時間を過ごしている。
なんとしても…薄汚い興亜会の魔の手から、この街を守りたかった。
情報屋のじいさんの話だと明日の晩24時…Y埠頭の22番倉庫にて興亜会と東南アジアのシンジケートの間で大々的な覚醒剤の取引が行われるとの事だった。
そして、県警上層部はこのネタをおぼろげながら掴んでいるとの事だった。
しかし興亜会のばら撒いた鼻薬と…県警上層部と興亜会の間で交わされた幾つかの裏取引の為に県警は動くつもりながいらしいとの事だった。
県警が動かなくても自分は動く。
決定的な証拠さえ掴めば県警も動かざるおえない。
叶那は一人で興亜会の取引現場に乗り込む腹づもりであった。
信吾も絶対について行くと言っていたが。
窓ガラスに映った叶那の美しい顔に優しげな微笑が浮かぶ。
あのちょっととっぽい若い刑事の事を思い浮かべる自然と口元がつい緩んでしまう。
この後に及んでも、まだ叶那は信吾を巻き込まない術を模索していた。
ピィルゥゥゥ…ピィルゥゥゥ…。
静寂の中で叶那の携帯電話が鳴り響いた。
公衆電話からの着信だった。
「はい…石宮…」
叶那は訝しく思いながらも電話に出た。
「お…お嬢…ですかい…」
携帯電話から聞こえてきたのは情報屋のじいさんの声だった。
「おじいちゃん?どうしたの?」
叶那はその声が妙に弱々しい事に気づいた。
「いい…かい…お…嬢…よく聞いて…くれ」
「どうしたの!?おじいちゃん!具合が悪いの!?」
「と…取引…が…ゴホッ…今晩になった…ツッゥゥ----」
それだけ言うと電話が切れた。
「おじいちゃん!おじいちゃん!」
「プゥ−…プゥ−…」
切れた電話に何度も呼びかける叶那…。
だが電話が再びかかってくる事はなかった。
叶那は信吾の携帯の短縮番号を押した。
プルルルルッ…プルルルッ…ガチャ。
数回の呼び出し音の後、信吾が電話に出た。
「どうしたんですか?叶那さん…寂しくなっちゃいました?」
能天気な信吾の声が携帯から聞こえてくる。
「いい?信吾…おじいちゃんの様子がおかしいの」
「おじいちゃんって…情報屋のじいさんですか?」
一瞬にして信吾の声がシリアスなモードに変わる。
「そうよ…何処か公衆電話からかけて来たけど…今にも死にそうな声を出してたわ!」
「えっ!?」
「何か情報があったのかも知れないから…おじいちゃんを探してくれない!」
「判りました!この辺の公衆電話を片っ端から探してみます!」
「助かるわ…信吾」
叶那は感謝の気持ちを口にすると携帯を切ろうとした。
「あ…あぁ!叶那さん!!」
何かを言い忘れた様に信吾が大きな声を出す。
「なに!?」
「愛してるよ!!」
そう言うと信吾は電話を切った。
「バカ…」
叶那の顔に微かな笑みが浮かぶ。
だがそれも一瞬だった。
勢い良く立ち上がるとジャケットを掴み捜査本部を飛び出す叶那。
心配だが情報屋のじいさんの事は信吾一人に任せるしかない。
悪いが信吾を取引現場に連れてゆく訳にはいかなかった。