葉月真琴の事件慕〜欅ホール殺人事件-32
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澪に追い出された真琴は頭をなでながら控え室を出る。
「どうかしたの?」
石塚は石川と何か話し合いをしていたようだが、真琴の様子に不思議そうに顔を向ける。
「いえ、こちらのことです……」
だが……、
「あの、石川さん、ちょっとお尋ねしたいんですが、音がおかしくなったのって第二幕の始めですか?」
「え? ああ、そうだな、いや、しばらく経ってからだな。十分、十五分ぐらいしてからだったよ」
石川は首をかしげながらもすぐに思い出す。
「なんかこう、ぼやけたというか、気が抜けた感じになってね。前もそうだったけど、ここの音響効果って完璧すぎるっていうか、一つでもしくじると全体がぼやけるんだよ」
「そういうのってわかるんだ」
達弘は感心した様子で言うので、石川は指で四角を描きながら応える。
「うん、慣れてないとわからないけど、デジタルな表示だと丸わかりかな?」
「へぇ……」
「やっぱり……」
感心した様子の石塚だが、真琴は別の感想があるらしく、思いつめた様子で下手へと向かう。
「ったく、許せないんだから……あれ、ちょっと真琴? どこに行くの?」
控え室から出てきた澪は去り行く真琴の後姿に声を掛けるが、彼は振り返るだけで立ち止まる気配が無い。
「ごめん、ちょっと忘れ物したから……。それと、さっきのビデオ、残しておいて欲しいんだ」
「いいけど、何するの?」
「もう一度……澪のパンツが見えたところ、もう一度見たいんだ」
真琴はそう言うと下手へと走る。
「あんのバカ……」
澪は恥ずかしさに顔を真っ赤にさせており、その後ろでは石塚と石川が笑いを堪えるのに必死のようで……。
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下手に一人たたずむ真琴。
階下ではまだ由真と警察の話す声が聞こえており、青いビニールシートが見えた。
隅っこに放置された四角い箱のような椅子。一郎が何かを入れていたのを思い出し、そっと開ける。そこには今日の台本があり、マーカーでしるしがつけられている。
ドアを確認しようとしてやめる。もう閉める必要も無く、また開けておく理由も無い。
続いて小さいほうの扉を見る。
扉についている窓から観客席が伺え、薄暗くなる舞台はさめざめとしていた。
一旦開き、止め木で固定する。
再び柵のところへと戻り、今度は大きなほうのドアを開き、止め木で固定する。
床に這い蹲り、そして……。
「これだ……」
おおよその見当をつけた真琴だが、その表情は浮かない。
「真琴!」
「あ、澪……」
ずかずかと歩み寄る幼馴染を迎えるように歩みだすが……、
「このスケベ!」
出迎えたのは容赦ないビンタ。
「痛い〜、なんでぶつのさ……」
頬を押さえながら涙目に呟く真琴。
「自分の胸に聞いてみなさい! ほら、いつまでもうろちょろしてないで、帰るわよ!」
「うう……」
「まぁ、アレは真琴君が悪いかな……」
「ポン助がエッチなのがいけないもんね……。ポンスケベ」
それに追い討ちをかけるかのように、梓も真帆も冷ややかな目で真琴を見る。
「え? え? あ!? いや、違うんだってば、ビデオはそういう意味じゃなくて!」
ようやくことに思い至った真琴だが、追いすがる澪の背中は限りなく遠く感じられた……。