葉月真琴の事件慕〜欅ホール殺人事件-21
−:−
上手に戻ると石塚が居らず、石川が一人で音響機器を睨んでいた。
石塚のことを聞こうと思ったが、神経質そうな石川ではきっと睨まれるのではないかと飲み込む。
「……なんか変だな……」
すると意外なことに石川のほうから話しかけてきた……わけではなく、機器に向かって独り言を言っているようだった。
「え?」
「あ、いや、音がね。さっきからおかしいんだ……」
真琴が聞き返すと、彼は機器から目を離さずに続ける。
「音? なんか変なんですか?」
モニターを通しての音にはノイズがあり、そもそもそこまで音に敏感ではない真琴には違いはわからない。
「どっか開いてるのかな? ちょっと見てくれるかい」
「はい……」
モニターを見るも画面の端は切れており見えない。観客席側かもしれないと、ひとまず真琴は外に出た。
−:−
「おっと……」
ホールへの扉を開けると、ハンカチで手を拭いている石塚と出くわす。
「あ、すみません」
「いやいや。それより何かあった? そんなに急いで」
真琴が平謝りすると、石塚が笑顔で応じる。
「あの、音響の人が、ちょっと音が変だって言ってて……、それでどこか開いてるかもしれないから見てきてって言われて……」
「そうなの? 閉め忘れかな……」
石塚は手近なドアを開けて観客席に入る。
薄暗い観客席、ステージだけが煌々とした照明で映し出され、真帆や幹谷が演技を続けていた。
「特に……開いてるところは……ここだけかな?」
石塚の脇から真琴も顔を出し、中の様子を見る。
かろうじて見える範囲に開いているところは無い。だが……。
「あれ? なんか下手側、開いてません?」
舞台の端っこに違和感があった。よくよくみると確かに小さいほうのドアが開いている。
「やば……、閉め忘れかな? ちょっと行ってきますね」
真琴はそう言い、駆け出す。だが、真琴は心の中で首を傾げてしまう。
あの扉を最後に閉めたのは自分であった。もちろん、誰かがそのあとに開けたのかもしれないが、止め木を置いてまでの仕事をそうそう忘れるかは疑問であった。
真琴は腑に落ちない気持ちを抱きながらも、音の不調を正すべく、下手へと向かう……。
−:−
「……、……?」
「……、……っ!」
下手側へ辿り着いた真琴を迎えたのは階下での声。構わず小さいほうの扉を閉めるべく移動するが、しっかりと締まっていた。
先ほどのは見間違いかもしれないと思いつつ、続いて喧騒のほうを見る。
コンクリートでの打ちっぱなしの階段は柵も低く、少しでも足を滑らせたら落下してしまいそうな危険なもの。
ただ、真琴の視線の先には、その先人とでも言うべきか、一郎が不自然な恰好で血溜まりを作っていたわけで……。