葉月真琴の事件慕〜欅ホール殺人事件-16
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午後一時の開演と同時にざわついていた開場がシンと鎮まりかえる。
由真の開演の挨拶に続き、拍手が起こる。
真琴はその様子を下手のモニターで見ていた。彼の今現在の仕事は待機のみ。
本来なら不測の事態に対処できるよう、上手で待機するのが望ましい。彼が今ここに居るのは、出演を控えた真帆に付き添いを頼まれてのこと。
真帆の出演は第二幕からであり、それまでは控え室にて最終的なチェックをするらしく、一人で篭っている。
真琴としては突っ立っているだけなら上手で石塚や由真と幕間時の確認をしたいのが本音だった。
「……始まった?」
控え室のドアがきぃと音を立てて開き、真帆の小さな声がした。
「ええ、今、喜田川さんと平木さん、それから富岡さんの合唱です」
「そう……」
つい先ほどとはうってかわって……というべきか、実のところ昼食をとり始めた頃からだんだんと真帆の元気が無くなっていくように感じていた。
最初は例のストーカーじみたファンのせいだろうと考えたが、今のこの様子を見るにきっとプレッシャーによるものだろうと推測できる。
どんなに虚勢を張っていたところで彼女も自分と同じ高校生でしかないのだ。
「大丈夫ですよ。真帆さんならきっとうまくいきますから」
真琴としては元気付けるための定型句を告げたつもりだった。
「……なにが……うまくいくよ……、人の気も知らないで……」
だが、彼女からすると、それは聞き飽きたフレーズなのだろう。
「え?」
否定的な真帆の声に真琴はようやく振り返る。彼女はうつむいており、表情が見えない。ただ、気落ち、消沈しているのは見て取れる。
「や、やだなぁ……、元気出してくださいよ。さっきまでの真帆さんはどうしたんですか?」
ただ事ではないと感じた真琴は彼女に歩み寄る……と、ぐいっと胸倉をつかまれ、そのまま控え室に連れ込まれる。
「わわっ! 真帆さん?」
突然のことに真琴は驚きを隠せない。
背後でバタンと扉が閉まると、メインの照明が消されている控え室は鏡の前にあるスタンドが光るだけ。
「真帆さん……」
こんなところで真帆は一人震えていたのだと思うと、真琴は先ほどの軽口を後悔する。
「貴方に何がわかるっていうのよ……、私が、どんなに心細いか……、いい加減なことばっかり言って……」
興奮で息を荒げる真帆。だが責める言葉とは裏腹に、彼女は彼に身体を預けるようにしている。
「ごめんなさい。僕、真帆さんのこと、誤解してたみたいで……」
ドアと真帆にサンドイッチされる真琴は彼女の髪を撫でる。
「ちょっと、気安く触らないでよ……」
「だって、そうするしか思いつかないから……」
「まったく、男ってみんなスケベなんだから……」
そうは言いつつも、真帆は彼の手を拒まない。
………………。
………………。
………………。
無言。
薄暗い部屋の中、真帆の過呼吸なそれが、徐々に収まり始める。
「……ポン助はいつも黙んまり。それでいいの、貴方はただのヌイグルミなんだから……」
「僕は……」
先ほども気になったが、ポン助とはどうやらただのヌイグルミらしい。反論するのもばかばかしくなってしまった彼は、ポン助になったつもりで口を閉ざす。
「ポン助っていうのは私の数少ないお友達。梓にも教えてないんだから」
「ふうん」
「こら、しゃべるな」
真琴は反射的にごめんなさいといいそうになったのを慌てて飲み込む。