明日、君が笑えるために-1
もし、この気持ちを恋と呼ぶならば、初めから僕は恋なんてしなかった。
こんなに痛くて、苦しいなんて知っていたのなら、僕は恋なんてしなかった。
きっかけなんてものはなかった。
長い、長い時間をかけて、ある日、唐突に僕はこの気持ちを知った。
気付いたら、いつも彼女がそこにいた。
すぐ傍にいた。
僕がまだ幼い頃、母親の実家に急遽引っ越さなければならなくなった。
まだ物分かりもつかない自分が心配したのは、なぜ急にそんなことが決まったのか、ではなく新しい環境に上手く馴染めるだろうかという不安だった。
母方の祖父は厳格で無口な人だったので、昔からどこか苦手だった。
祖母は優しくておとなしい人だったけど、体が弱くずっと入退院を繰り返していたから、家で会うことはほとんどなかった。
そして、僕が彼女に出会ったのはこの頃の事だ。
僕たちは、家が近く親同士も仲が良かったのでよく一緒に遊んだ。
姉と僕と彼女は年が近かったせいか、僕から見れば彼女は二人目のお姉さんのような存在で、家族のような存在だった。
母親が僕たちを見ながら微笑ましそうに「朋ちゃんね、あんたのオシメだって替えたことあるんだから」なんてことを言うもんだから子供心にかなり恥ずかしい思いをしたことがある。
それでも彼女は胸を張って「当たり前だよ」と言って笑うのだ。
「だって私、お姉さんだもん」
僕が中学に入った年、彼女は三年生で生徒会長になっていた。
学校が離れて、少し疎遠気味になっていたせいだろうか。
入学式で壇上に上がり、新入生に向かって挨拶する彼女に、親しい身内の面影は感じられなかった。
あんなにも近くに居てくれたのに、今は遠い場所に行ってしまった。
寂しさを感じると同時に、何故か僕は今までとは違った感覚にとらわれ始めていた。
そして、いつしか。
知らず知らずの内、彼女を目で追っている自分に気付いた。
学校では話しかけることすら叶わなかった。
だけど、偶然に目が合う瞬間。
三階にいる彼女を一階の廊下から眺めていた僕。
それに気付いた彼女が、目を細めて笑った。
初めて会った頃と何一つ変わることのない真っ白な笑顔で、僕に手を振っていた。
悲しくはなかった。
でも僕は急に泣きたくなった。
その感情の正体が何なのか、知りたい。
僕は答えを模索した。
とめどなく溢れても、止め方を知らず。
不意に、自然と流れる物。
それは、まるで涙のような物だった。
ただひとつ、違ったのは、それは決して泣き止むことのない涙だったのだ。