昏い森−黄昏(終章)-3
10日目の早朝。
降り続いていた雪は止み、屋敷の外はしんと静まった世界が広がっていた。
積もった雪は、まだ明けやらぬ空の下で仄白い光を放っている。
黄昏が屋敷から一歩踏み出すと、さくっという、雪の小気味良い音と、刺すように冷たい空気が全身を取り巻いた。
「行くのか?」
黄昏がはっとして、振り向くと、背後には黒髪の男が立っていた。
「暁を頼んだよ、暗夜」
男は応えず、髪の毛と同じ漆黒の瞳で、黄昏を見つめた。
凍えるような大気の中、黄昏は単に羽織を纏っただけで、如何にも寒そうに見えた。
「…死にに行くのか」
ー暁を置いて、という言葉を暗夜は飲み込んだ。
黄昏は薄く笑うだけで、何も言わなかった。
「月読はもう居ないんだろう?」
互いの吐く息は白く、煙のように広がった。
「そんなの、誰が分かる?」
黄昏は笑う。
「あいつがまた現れたとき、1番初めに会うのは私でなくちゃならない。…そうだろう?」
だから、また逢うために。
月読と初めて出会った、あの森で。
黄昏は彼を待つことに決めた。
黄昏は不意に黙った男の頭を、背伸びしてくしゃくしゃに撫でると、屋敷を出た。
暗夜はまだ薄暗い中、森へと進む小さな背中を見続けた。
その人影は一度も振り返らず、吸い込まれるように昏い森へと消えていく。
森の中は、木々の枝に雪が降り積もり、そのこんもりとした白さは、まるで月読が留まっているように黄昏には映って一層、心強く感じる。
黄昏は何も怖くなかった。
今はもう、楽しみでさえある。
踏みしめる雪は柔らかだが、すでに足先は痺れるように冷たかった。
今度こそ。
名前を呼んでもらうのだ。
小娘なんかじゃなく。
黄昏とー。
強く。
何度も。