枯れ落ちる葉、朱に染まる紅葉-36
夏雄のおごりの二次会を終えたとき、三年の竹川良子が不調を訴えだした。
「大丈夫ですか? 先輩」
「ん、大丈夫。多分……」
そうは言うものの、彼女の息は荒く、その手を握るとやけに冷たい。
「さつき、送ってあげてもらえるかい?」
「いいけど、でも先輩の家って……」
「えっと、相模大野のほう……」
「ん〜、逆方向だなあ」
「じゃあ、泊まって行けば……」
女同士、問題もないといえばそうだが、明日は朝一でバイトがある。よっぱらいの世話はともかくとして、戸締りの問題もあるし、正直迷惑だった。
「明日、朝のバイトがあって、ユニフォーム洗濯したのが家にあるの。だから、時間的に厳しいのよ……」
「そっか。どうしよう……。先輩をさつきのアパートに……」
「それが、明日、私も早くに用があるの〜。だから、大丈夫。もう少ししたら普通に歩けるから……」
本人がそう言っているのなら、これはもう自己責任。さつきとしても、二件目で飲んだカクテルが異常にアルコール度数が高かったらしく、火照り具合が半端でない。
「ああ、このままじゃ……。ねぇ、武彦、先輩のこと送ってあげて……」
相模大野なら武彦の家も近いことを思い出し、さつきは提案した。
「でも……」
彼が渋る理由もわかる。だが、武彦なら心配ない。彼は今日、男気を見せたのだ。彼女を守るために、いろいろ省みず、悪に立ち向かったのだ。その武彦が浮気をするはずもない。
さつきはそんな都合のよいことを考えながら、彼の背中を押した。
「わかったよ。じゃあ先輩、行きましょうか……」
「うん……」
先ほどまでは立つのも面倒くさがっていた良子はふらふらと立ち上がり、よろけたと思うと、そのまま武彦の胸にしがみつく。
「ちょ、先輩!」
「ごめん、立ってられない……、おぶって……」
「いや、でも……」
「じ〜」
まんざらでもない武彦を睨む。だが、酔っ払いの世話をするのなら、それなりに役得があっても目を瞑ってあげるべき。
「なんてね。いいからちゃんと先輩送って行ってね……」
一変、笑いをこぼすさつきは手を振りながら帰路についた。
**――**
一人、帰路につくさつき。入り組んだ迷路のような町並みを、それも深夜と呼べる時間にうろつくのは、あまり賢い行動ではない。いつもなら武彦が送ってくれるのだが、今日はそうもいかない。
介抱とはいえ、別の女の送り狼というのは癪に障る。けれど、今日は彼の男気を見た。もし自分がピンチになったら、彼は助けてくれる。そう確信できた。だからこそ、さつきは彼を信頼して良子を任せた。
嫉妬と嬉しさの混じる妙な気分で、さつきは歩いていた。
……が、暗がりの中、街灯の下に誰かがいるのが見え、さつきの中に警戒する気持ちが芽生える。
――誰だろう。不審者っていうのかな。やだな。回り道しようかな……。
足を止め、携帯を出すそぶりを交えて、自然に回れ右をするさつき。すると背後で足音がしだす。
――やばいかも……。
そのまま武彦に電話をしようかとおもい、電話帳を呼び出す。
「おーい、さつきちゃん!」
それを止めたのは、前からやってくる夏雄の声。
「あ、先輩!」
先ほどのことも忘れ、これ幸いとさつきも夏雄のほうへ走る。すると、不審な男は立ち止まり、今度は踵を変えて曲がり角に消える。
「どうかしたの? なんか急いでるみたいだけど」
「いえ、なんか変な人が居て……」
「変な人? もしかしてストーカーとかなんか?」
ただの不審者としたらそれはそれで怖いが、ストーカーとなるとそれは飛躍しすぎな気もする。ただ、酒に酔い、どこか思考回路がゆるくなっていたさつきは、その言葉にブルッと震える。