枯れ落ちる葉、朱に染まる紅葉-25
先ほど、さつきは涙目になりながら胸元をさすっていたが、それはどうしてか?
面と向かったとき、彼女のチュニックの隙間からは、片方だけしか紐が見えなかったような気がする。
克也は第二ボタンまではだけており、互いに着る物の乱れがあった。
正すのにかかる時間を稼ぐのは扉の鍵。それでも正し切れなかったのが、その残りだとすれば、やはり……。
――まさか……。
気丈な彼女が涙を見せる理由。気が強いことは物理的な強さを伴わない。克也は男であり、さつきが女なら、密室という雰囲気の中、雨垂れで音すらもかき消され……。
「……ん、だから……、やめ、やめて……くださ……い」
脳裏に再生されるのは、さつきのくぐもった声。
たとえば無理やりに求められていたとして、大声を出せるか?
知り合い、友人多数居るこのサークルでもしおかしな事件があり、その被害者となると……?
セカンドレイプという言葉は耳に新しくもなく、彼女にもあと二年、学生生活がある。
普段気丈に振舞うだけに、下卑た妄想を抱くものも居るだろう。
そんなことがあれば、彼女とて……。
――くそ、許せない!
奥歯をギリリとかみ締める武彦だが、まだ推測の域を出ていない。
彼女が後で話すというのなら、話せるときまで待つべきか?
とにかく武彦は、つもり、膨らむ怒りに身を震わせていた。
「おいおい武彦、勝ってるのにそんな怖い顔するなよ」
夏雄からバトンを手渡され、再度現実に戻った武彦だが、正直なところ目の前の手作りの障害など、克也という障害に比べれば生ぬるいの一言だった……。
**――**
夕方になり、男子部員達は体育館の清掃、女子部員達は食事の準備を始めていた。
その頃になると克也も姿を見せ、掃除を手伝っていた。
姿をくらませていた彼に三年の部員が訳を聞くと、彼は「バイト先の答案の丸付けをしていた」という。
それならいっそ不参加を決めてくれたらと思うのは、何も武彦だけの思惑でもないだろう。それでも彼が監視下にいるのなら、その方が武彦にとっても安心の材料なわけだが……。
調理場からは良いにおいが漂ってくる。献立は肉じゃがと牛丼。まるで日ごろの昼食だが、味見をさせてもらった一年の話によると、かなり良いらしい。
由紀子いわく、「タマネギが料理の深みを出す」らしく、汁を飲ませてもらった武彦もなるほどと頷く。
それでも、皿一杯によそられたタマネギを見ると、食べる前からおなかいっぱいな感覚も芽生えてしまう。
コンロに向かい味噌汁のなべを温めているさつきを見つけた武彦は、こっそりと忍び寄る。
「ごくろうさん」
「あ、武彦。うん」
「なんかすごいな、晩飯。タマネギ尽くしじゃないか?」
「えへへ、そうだね。カレーの分が余ってさ。ジャガイモとにんじんもあったし、残りのお肉で何か作れるって聞いたら、自然と肉じゃがになったの」
くすすと笑う彼女は先ほどの不安気な様子もなく、自然な感じ。
「ふうん。そうなんだ」
武彦はほっと胸を撫で下ろし、沸騰しだした味噌汁を止めると、彼女に代わってそれを食堂へと運ぶことにした。