枯れ落ちる葉、朱に染まる紅葉-22
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三階に駆け上がると、武彦は手当たり次第にドアを開ける。しかし、目に入ってくるのは簡素な部屋だけ。
今度は迷わず女子トイレも調べたが、やはり誰も居ない。
――バンガローのほうか?
突き当たりの窓から外の小屋を見る。明かりが付いているわけでもなく、静かに佇むのみだ。
「くそ」
ひとまず夏雄に合流すべきと、武彦は階段を下りる。すると、夏雄がぬっと現れる。
「おい、武彦、さつきちゃん居たぞ」
「ほんとですか」
「ああ、二階のレクリエーションルームに居たんだけど……」
そこまで言って、言葉を濁す。
――まさか!
言いにくそうにしている理由に感づいた武彦は、夏雄の脇をすり抜けると、飛び降りるように階段を降り、二階へと駆けた。夏雄もそれをゆっくりと追いかけた……。
「……ん、だから……、やめ、やめて……くださ……い」
「!?」
階段を走る武彦の耳に何かが聞こえる。幾分弱まった雨音に混じる、くぐもった声。
――まさか!
レクリエーションルームの前に立ち、ドアを開けようとする。しかし、びくともしない。
「さつき! 居るんだろ? おい、開けてくれよ!」
ドアを叩くと、部屋の中からがさごそと音がする。
「た、武彦!? あ、ちょっと待って……」
中から聞こえるさつきの声にようやく安堵するも、抑えられない気持ちから、もう一つあった扉に向かう。
しかし、そちらも施錠されており、力を込めたところで開きそうに無い。
「鍵、壊れてるのか?」
不穏な克也の声が聞こえると、武彦の不安がピークに達し、ドアを蹴り始める。
「お、おい、三島、止めろよ。壊れたらどうするんだ!」
驚いた克也の声にも武彦は留まる様子が無い。
恋人であるさつきと密室で、二人きりで何をしていたのか?
その疑心暗鬼が彼から冷静さを奪い、怒りは扉へと向かう。
「武彦、落ち着いてよ。何も無いから……」
さつきの怯えたような声がしたあと、施錠を外す音が聞こえる。やがてドアが開くと、彼女の戸惑う顔があった。
水色のチュニックとデニムパンツ。肌寒いのか白の薄いパーカーを羽織っている彼女は、瞳の黒がやや大きく見えた。
彼女もきっと不安だったのではないだろうか?
「さつき、ここにいたのか。心配したんだぞ」
安堵からか、武彦はさつきに歩み寄り、そのまま抱きつく。
「ちょっと、武彦ってば……、先輩も居るのに……」
いきなりの行動にさつきはやんわりと彼を押し返す。彼女はずれた肩紐を直すと、胸元を二度三度手で撫でていた。
「そんなに慌てて何かあったのか?」
恋人同士の再会が終ったのを見計らい、克也が声をかける。
第二ボタンまで外れたシャツはだらしなく、普段の彼とは若干雰囲気が違う。
「ここで何をしていたんですか?」
「何って? どういう意味だ?」
「ごまかさないでください。鍵まで閉めて、いったいなんなんですか!」
「いや、鍵を閉めた覚えはないし、特に真柴と何かしていたわけじゃないさ。三島の考え過ぎだ」
克也はやれやれといった様子で襟元を直す。
「船岡先輩!」
業を煮やした武彦は声を荒げるが、それを諌めるのはさつきの温かい手。
「武彦、大丈夫だよ。先輩とは何もないから、だから、もう行こう、ね?」
「だけど、さっき!」
先ほど、聞こえてきたさつきの声。
何かを拒むようなか細い声。
「ね、ほらお昼の準備あるし、手伝ってよ」
「……ああ」
女にしては背の高い彼女も、武彦よりは低い。彼女はすがるような上目遣いをしていた。
気の強い彼女の不安そうな態度。今こうして克也のことを追及するよりも、彼女を安心させることのほうがずっと大事なのではないか?
武彦は彼女の手を握ると、レクリエーションルームを出る。
「あ、先輩も、もう直ぐお昼ですから……」
さつきの残す言葉に克也が頷いたのがわかる程度、意識が張り詰めていた……。