枯れ落ちる葉、朱に染まる紅葉-14
「先輩だし、あんまりつっけんどんにするのもあれだから、適当に答えてたんだけど、でもなんかだんだんしつこくなってきて、講義だからって出たけど着いて来て……」
嫌そうに肩を震わせるさつきに武彦も共感しだし、克也に対して黒い感情を持ち始める。
「で、俺が来たらひっこんだと。なんか嫌だな、あの人……」
飲み会のときにさつきを庇ったのは、彼が彼女に何かしら気持ちを抱いていたからだろう。そう考えれば、今のこの行動も理解できる。
つまり、後輩の彼女に手をだしている。それも、二人が付き合っていると知りながら……。夏雄のようにすっぱり諦めるというか、わきまえるのならまだしも、彼の場合……。
「うん。何かあったら俺に言えよ。先輩だからって遠慮することなんか無いって!」
武彦はドンと胸を叩くと、彼女を見る。
「うん、ありがと。頼りにしてるね……」
彼女は照れくさいのかそっぽを向いているが、普段の気の強さが邪魔をして素直になれないところも彼女の可愛らしさの一つと、武彦はその肩にそっと手を乗せる。
「あ、じゃあいかなきゃ……」
予鈴が鳴ると、彼女とはしばしの別れ。
「それじゃあ、あとでメールするね……」
さつきは彼に軽く手を振ると、そのまま教室に向かって走っていった。
残された武彦は無言でガッツポーズをすると、急いで携帯の電源を入れなおす。愛しい彼女からのメールを受け取るために……。
**――**
試験が始まって数週間、バイトや勉強、もう二週間に迫った合宿の詰めにと、武彦は忙殺されていた。
その間、さつきとはメールでやり取りをしており、試験の合間に一緒に過去問題に向きあうなど、一緒の時間を持つことが出来た。
飲み会の夜のことはいつの間にかタブーとなり、徐々に影を潜めていったのも、彼にとって都合がよく、紀一や他の面々も触らぬ神のなんとやらと口にしないのがありがたかった。
「おーっす、どうだ? 調子は」
武彦がロビーで過去問と顔を見合わせていると、夏雄がやってくる。
「先輩、ちーっす……。ええ、次で最後なんすけど、いくつか不安なのがあって……」
「おっと、勉強教えろなんていうなよ? 俺が出来るのはせいぜい過去問を渡すだけだぞ」
わははと笑う彼だが、学業においては確かに心細い夏雄にそれ以上は求められないのが事実。
武彦はばしばしと肩を叩かれながら、「がんばります」とけなげに答えていた。
このところ、夏雄とは顔を合わせることが多い。多少酒癖の悪い人だが、面倒見が良いといえないこともなく、また節度さえ守れば楽しい人でもある。
問題は……、その後ろから来た神経質そうな眼鏡の男。夏だというのに折り目の付いた黒のスラックスと紺のワイシャツ。塾講師のバイトをしているらしく、いつも整った服装をしているが、さつきとの事もあり、どうにも気が許せない。
「おはようございます、船岡先輩」
「ああ、おはよう。それじゃ」
敵愾心むき出しの挨拶に対し、克也は軽く礼をするとそのまま素通りする。まるで面倒な生徒に遭ったかのように、袖にされるのは腹立たしい。
――絶対にさつきは渡さない!
武彦はそう誓うと、もう直ぐ始まるであろう試験に備え、教室へ移動することにした……。