寄り道-2
「なあ先生、ダメ?うん、ダメならいいんだけど」
「・・・別にいいか。付き合ってやる」
「マジ?ありがとう!」
正直、大して考えもしないで了承していた。
生徒から頼まれた嬉しさもあったが、暇潰しには悪くないという気持ちも半分はあった。
「いいとこあるんだよ、こっち!」
若槻に案内されて歩いていく。
何軒か疎らにコーヒーショップがあったが、何故かそのどれにも入ろうとしない。
それどころか全く違う方角に向かって歩いていくので、一体どこに連れていくのか不安になった。
「・・・コーヒーってお前な、これの事を言ってたのか」
しばらく歩かされた後に手渡されたのは缶コーヒーだった。
「地元じゃここにしか無いんだよ、これ」
拍子抜けしている俺をよそに若槻は早くも缶を開けて、一口啜っている。
普通はコーヒーを飲むといったら店で、となるのだろうが、これは若槻なりの冗談なのだろうか。
渡された缶も特に珍しい物でもなく、どこにでもある様なブラックのコーヒーだった。
「見てよ先生、いい眺めだろ?」
若槻は腰を下ろして、川を眺めながら言った。
5月とはいえ吹き付ける風は長袖でも少々肌寒く感じる。
「なあ先生、いい眺めだろ?」
返事をしなかったせいかもう一度聞かれて、一応相槌を打っておいた。
いい眺め、と言われても、川の流れなのか向こう岸に見える大きさの揃ったビルや団地の並びなのか、俺には分からなかった。
それきり若槻は喋らなくなってしまった。
時折缶コーヒーを啜るだけで、それ以外はほぼ動かず川を眺めている。
何を話すべきか分からないが、取り敢えず隣に腰を下ろすと一瞬だけ俺を見た。
しかし目線はまたすぐに景色に固定されてしまった。
(黙っているとやはり話し掛けづらいな)
深い仲では無いが軽く冗談を言い合うくらいの俺でも、黙った顔を見ると話し掛けるのを躊躇ってしまう。
(・・・怖い顔してるなぁ。雰囲気ってのは大事なんだな)
担任なのに生徒の話を聞いてやれないのはまずいと思い、とにかく話を切り出す事にした。
若槻は何も言わないが、わざわざ誘ってきたのだから用事があるに違いない。
「何か悩みがあるのか」
目を大きく開いて俺を見たが、すぐに顔を逸らしてしまう。脈ありの反応だ。
どうやら、俺の勘に狂いは無かったらしい。
若槻は照れ臭そうに髪を掻いて、ぽつりと口を開いた。
「いや、大した悩みじゃないんだけど・・・俺、来年は卒業だろ。その後どんな事しようかな、なんて考えててさ」
若槻位の年なら定番の悩みだった。