幻蝶(その2)-9
あれからもう八年がたつ…。
黄昏に包まれた東京の街をマンションのバルコニーから眺めながら、私はふと煙草に火をつけた。
どこからか一匹の蝶がひらひらと舞い、足元のプランターに咲いている花にとまる。見たことも
ない美しい斑紋に彩られた黒い蝶だった。
ヤスオには、あれ以来会っていない。でも、子宮の中にふと蝶を感じるとき、私はヤスオのこと
を今でも思い出す。
あのとき二十七歳だった私はトモユキと結婚し、ニューヨークで新婚生活を始めた。お互いがあ
たりまえのような何の不満もない日々をすごした。ただ違うのは、私とトモユキのあいだにヤス
オがいなくなったということだけだ。
そして、私とトモユキは、五年前に離婚した。わずか三年あまりの短い結婚生活だったが、別れ
る理由もなかったし、別れなければならない理由もなかった。
ただ…
五年前、突然ニューヨークにいる私のもとに届いた小包はヤスオからのものだった。
それは標本箱に入れられた私によく似たフィギュアだった。艶めかしい肌をした人形が、ピンを
刺された手足を広げ、窪んだ陰部の真ん中には、七彩の美しい斑紋のある羽根を広げた蝶が、
長い虫ピンで刺されていた。
その痛々しいフィギュアは、微かに微笑んでいたのだ。まるで私自身が微笑むように…
そのときから、ヤスオが私の性器の中で蝶を追い、捕らえた蝶の背中に針を刺す夢にうなされる
ようになったのだ。
夢の中で、ヤスオが蝶に触れるとき、私はヤスオを性器の中に強く感じ、蕩けるような烈しい肉
情の疼きを感じた。瑞々しい蜂蜜のような淫蕩…トモユキとのセックスでは、決して得ることが
なかったものが、私の中にあざやかに甦ってきた。
そのときから私は、トモユキとのセックスが退屈になったのだ…。