狼さんも気をつけて?-4
「……はは、夢、マジで気にしてるの? 間接キスぐらい普通だろ? あそっか、お子様な夢ちゃんはキスしたこと無いのか。それじゃあしょうがないよな。うんうん」
明は平気を装い、煽りをいれる。視線は相変わらず彼女の胸元を行ったり来たりしているが、これでムキになってくれれば、また『いつも』の二人に戻れる。
「夢は想像しちゃった……、明と『……』するところ……」
しかし、夢は踏み込んできた。
「今、なんて……?」
聞き返してはいけない。知ってしまえば、もう後戻りもできないだろう。
「だからぁ……だよ」
それでも彼は誘惑に勝てず、彼女の唇を凝視する。唇が小さく窄められ、続いてニィッと横に伸ばされる。読唇術など知らぬ明だが、明らかにキスと読めた。
夕日を受けてきらきらと光る唇は、流行りのラメ入りリップクリームのせい。
校則違反だが、登下校中の精一杯のオシャレとして愛用している生徒も多い。ただ、その反骨のオシャレを見せられる相手は自分くらいであり、それが自意識過剰と思えない。
「明と夢は同級生。クラスも部活も、帰りだって一緒なの。……でもさ、こんなに近くにいてさ、本当になんとも思わない? 何も期待しない?」
ゆっくりとした口調が心をくすぐり、誤魔化そうとする気持ちを削ぐ。
「聞かせて欲しいな、明の気持ち。夢、知りたいもん」
語尾を上げての媚びたような声に、青臭い意地が揺らぐ。
明は目を瞑り深呼吸をする。心臓の鼓動は収まるどころか逆に高鳴るが、気持ちの上で余裕が生まれる。もう一度大きく息を吸い込むと、ゆっくりと口を開く。
「夢、実は俺……夢のこ……と……」
意を決する明だが、途中、彼の視界の上のやや右端におぼろげな青白い楕円が映る。
途端、瞳孔が見開き、白目が血走る。心拍数が上昇し、血流の増加に伴い筋肉が張る。伸びやすい材質のシャツが皮膚に張り付くと、逆撫でられる毛が不快感を訴える。
「あき……ら? 様子が変だけど……大丈夫?」
明は熱病にかかったかのように朦朧とした様子で夢に歩み寄ると、無遠慮に彼女の肩にもたれかかり、罅割れた唇で彼女の肌を擽り始める。
「……あ、ん……ちょ、ちょっと、どうしたの? 大胆過ぎだよ……こんな、の……」
明が唇を動かすと、硬さの残る粘膜の愛撫にも関わらず、夢は甘い吐息を漏らす。
「や、だめ、あ……あぁ、んぅ……、はぁ、なんか変だよ……明」
怯えたように後ずさる夢だが、背後には無情にも壁が迫る。横に抜けようにも、それを阻むように肩を抱き寄せられる。いよいよ逃げ道が無くなると、彼女は最後の抵抗とばかりに両腕で自身を抱く。
そんな攻防などお構い無しに、明は視線を邪に動かす。
第二ボタンまで外されたブラウスの襟元から侵入した視線は、肩から胸元にかけて伸びる白い線を見つける。おそらく水着の痕だろう。そのすぐ下には、水色のスポーツブラの縞模様がチラリと見える。
興奮に鼻息を荒げる明はさらに一歩踏み込み、縮こまる夢の髪をかきあげると、真っ赤になった耳元に熱い吐息を吹きかける。
「ひゃん、明、ダメだよ……擽ったいもん」
「俺……、夢、の、こと……たい」
滑舌が悪く、単語を区切って語る様子が尋常でない。
「夢と……なにがしたいの?」
しかし、夢は敢えてそれに問いかける。色付いた帰り道を少し寄り道するつもりで。
強い風が二人の隙間を縫うと、はるか頭上で足早な雲が何かを隠す。すると、明の身体に再び変化が起こる。鼓動は相変わらずハイペースだが、白目の充血が収まり、見開かれていた瞳孔が収縮し、額は汗でびっしょりとなる。
「……ご、ゴメン、急用、思い出した。先、帰る」
何かに焦った様子の明は弾かれたように身体を離すと、踵を返し走り去る。
「ちょ、明ってば……待ってよー! どうしたのよー!」
突然の出来事に困惑する夢だったが、陸上部男子の足に追いつく術もなく、ただ呆然と見送る他になかった……。