過ぎ行く時の中、残されるモノ-9
「あんで……、おぐがいんでうお……」
赤黒い痣のある首筋。きっとこのせいで僕は上手くしゃべれないんだと思う。
「和義。君は既に死んでいるんだ。それを思い出すことができると、死んだときと同じ身体になるんだ……」
「ぁあ……?」
「ここに迷い込んでくるのは、自分が死んでいることに気付けなかった子なんだ」
気付けない……?
「この世界に閉じ込められて、死んだときの記憶が混乱してしまうのに、そのときの苦しみだけを背負う」
「おんあお、いごぐあないが……」
そうだ。まるで地獄だ。どうしてこんなところに? 僕が何をしたっていうんだ?
どうやって、どうやって出るのさ……ここから……。
「ここを出る方法を教えると言ったよね。その方法っていうのは、自分が死んでいることを知ることが第一」
「おぐは……いんでいう……」
もう母さんに会えない。父さんにも、それに友達にも……誰にも……。
涙の代わりに血がぽたぽたと落ちる。
混乱とは別に頭が痛む。
しゃくりあげるわけでもなく、喉が苦しい。
「そして、ここにやってきた他の子に自分が死んでいることを教えるんだ」
「ぐぅ……」
だから、僕に?
「和義のおかげで僕はようやく解放される。ありがとう」
「ぞんがぁ……」
「約束を破ったわけじゃない。ちゃんと和義にもここを出る方法を教えてあげたしさ。あと、ヒントをあげる。自分の無事だったころの意識を強くもつんだ。そうすれば、怪我とかそういうものを隠すことができる」
無事だったころ? 僕が皆とサッカーしていた頃……?
意識を集中させる。
痛みとか苦しさは消えないけど、でもだんだんと血が流れなくなってくるのがわかるし、腰の黒ずみも消える。
「あ、あぁ……」
苦しさはあるけれど、声から濁りも消えた。
「意識を強くする訓練をするんだ」
「……僕を騙したのか?」
僕は隆を睨んだ。けど、隆は悪びれる様子も無い。
「騙すなんて人聞きが悪い。僕がこんな姿だったら和義は逃げるだろ? そうすると君はずっと苦しいまま、この世界をさまようことになる」
「でも!」
「そう怒らないでくれよ。気持ちはわからないでもないけど、でも、しょうがないことなんだ。僕はこの世界を出たいし、君はこの世界を出る方法を知る必要がある。それがお互いのためなんだ」
「隆は忠志を突き飛ばした……、お前がこの世界を出るためにだろ?」
「そうさ。いつやってくるかわからない新入りを奪われちゃ困るしね」
「自分さえよければいいのか!」
「そんなのわからないよ。というか、これから僕がどこに行くのかもわからないんだ。ただこの世界から消えるだけで、天国にいけるって保障もないし、もしかしたら新しい地獄に行くだけかもしれないし……」
投げやりな感じの隆は、ただ単純に疲れている感じだった。でも、ようやく終るっていう、安心みたいなものを浮かべてた。
「でも、ここから出たい。僕はここに十年以上いたんだ」
「十年……以上?」
「バイオハザードだっけ? あとプレステ? ポケモンも新しいのが出たんだね。僕も遊んでみたかったな……」
「隆……は」
「そうそう、思い出した。僕は隆じゃなくて孝仁って名前なんだよ」
「?」
「意識を強く保たないと、名前とか大事なことからだんだん忘れてしまう。そうなる前に、和義も新入りを探すといい」
「孝仁は……」
「なんだい?」
なんで話しかけてしまったんだろう。もう聞きたいことなんて無いのに。でも、多分これから一人になるだろう僕は、悪あがきに似た気持ちで話しかけていた。
「どうしてここに来たの?」
「僕を最初に見たところあったよね? あそこから突き落とされたんだ。母さんから」
「……本当に出られるの?」
「ああ。少なくとも僕に死んでいることを教えてくれた奴は、消えたよ。目の前で」
「どうしてこんなことになったんだろう」
「さあ? 理由なんてわからないよ。そもそもあるのかな? とにかく、わかっているのは出る方法と入ってくる子の共通点ぐらい」
つまり、ここへ来るのは皆、自分がどうなってしまったか判らない……。
「そうそう、くれぐれもアイツらに気をつけて。ここを出たいのは皆おんなじだから、油断してると横取りされるよ……」
言い終えると、孝仁の身体は薄くなっていき、手を振りながら、僕の前から消えた……。
さっきまで惨めな姿を晒していたそれは消えうせ、何かが流れていた痕跡がある程度。
でも、僕はしばらく、僕が居た場所見つめていた。