最後の夜・前編-8
「君が望んでくれるなら、毎日来るよ」
ガーネットは涙に瞳を濡らしながら嬉しそうに微笑んだ。
愛しくて胸が張り裂けそうになりながら梯子を降りたった。
見上げるとガーネットが手を振っていた。
手を振り返し、「部屋に入って」と声を出さずに口だけ動かして伝えた。
ウンと頷くと、ゆっくりと窓を閉めた。
「…ハア…」
ロイは石造りの城壁に背中を預けてズルズルと座り込む。
「ガーネット…」
愛しいその名を呼びながら、地上を照らす月を見ていた。
ガーネットは窓を閉め、「はぁ…」と溜め息をついた。
この部屋にロイが、ついさっきまでいたなんて…
夢でも見ていたように現実感がない。
ふらふらと歩いて鏡台に座り、涙に濡れた顔を拭う。
「…あっ…」
鏡を見ると、ロイが胸にくっきりとつけた紅い花びらが映っている。
花びらにそっと触れた。
夢じゃない…
ロイ、夢じゃないのね…
嬉しいような悲しいような、複雑な気持ち。だけど、ロイとまた逢えることだけは確かに嬉しかった――
あの夜から毎夜、ロイはガーネットの部屋に通った。
触れ合うことはできないけど、昔話や他愛も無い話をして過ごした。
「――じゃあ、そろそろ帰るな」
「えぇ、気をつけてね」
窓から出て行くロイを見送った。
一緒にいるときは何もかも忘れて幸せだけど、そのぶん逢えないときの寂しさが増した気がする…
夜中にこそこそ逢うなんて、正しい事じゃないと分かっている。
でも、どうしようもなく逢いたい…
「姫様、婚礼の衣装が縫いあがりましたよ!」
アンが大きな箱を持って部屋に入ってきた。
「へえ…そう。その辺置いておいて」窓の外を見ながらぼんやりと答えた。
「でも、1度袖を通してみないと…!」
「あとで着てみるわ」
「絶対ですよ!婚礼まであと1週間しかないんですから、お直しするなら明日には縫い子に渡さないと!」
あと1週間――
ロイと逢えるのもあと1週間なのね…
窓の下には父と共に芝生の手入れをするロイがいた。