過ぎ行く日々、色褪せない想い-5
「お〜い、美琴君。だめだよ、いきなり走っちゃ……」
ゆっくりと歩み寄るその男は、悠に気付いて軽く会釈する。
「先生、初めてよね。この子、悠ね」
「君が悠君か。てっきり女の子かと思ってたけど……」
さわやかな笑顔だが、オシャレなデザインの眼鏡の奥はそうでもない。
「初めまして」
返す悠も軽く頭を下げるものの、視線は外さない。まるで試合中のように、相手の一挙手一投足見逃すまいという鋭いモノ。
「それじゃあ美琴さん。行こうか」
「え? でも、ちょい待ってほしいかな〜。悠とも久しぶりやしぃ」
二人を交互に見る彼女。その間に何があるのかなど理解できず、眉間に皴を寄せる。
「僕達は遊びに来てるわけじゃないんだ。今日は参考書を選びに来た。そうだろ? 悠君とはいつでも会えるんだし……」
「うぅ〜、先生、厳しいなぁ……」
しょげた感じの美琴だが、彼はあくまでも家庭教師。彼女もしぶしぶ頷く。
「ごめんなぁ、悠。また今度な……」
「あぁ、また今度……」
視線を美琴に移した悠は、思い出したように瞬きをする。
「それじゃ」
男は彼女の肩に手を回すと、そのまま今来た道を戻る。
歩きざま、男が彼女に笑いかけていたが、それはまるで……。
「おい、美琴!」
叫んで駆け出していた。
「ん? なぁん?」
振り向く彼女は男の腕も払わず、やってくる悠を待つ。
「えと……」
昂ぶる気持ちのまま、暴走したことを後悔する。脂汗を拭う手が何かを思い出す。
「これ、この前わたせなかったから……」
先ほど買ったばかりのラッピング済みのぬいぐるみを彼女に差し出す。
「え? なんなん? ぷれぜんと? へぇ、めっちゃうれしいわぁ」
彼女は中身も確認せず、ころころと笑っていた。
「美琴さん」
「あ、はい。それじゃね、悠。今度お礼すんね……」
「あぁ……」
再び遠ざかる彼と彼女達。
参考書を買うのなら向かうは本屋。けれど、その方向は逆方向。
帰り際、道に迷った悠が現在地を確認したところ、見つけた真実だった。
**――**
遠回りをしていたせいで、帰る頃には六時を回っていた。
江成家を見上げるも、まだ二人は帰っていないらしく、美琴の部屋に明かりはなかった。
悠は「ただいま」も言わずに階段を駆け上がると、そのまま自室のベッドにダイブした。
帰宅に気付いた志保が「ごはんだよ〜」と声をかけてくれるが、「今気分悪いから」と仮病を使う。
確かに気分は悪い。
生まれて初めて味わう気持ち。
親しい女友達が、幼馴染が知らない男と肩を並べて歩いていた。
参考書を探す?
ブティックにいて?
服、それも下着のようなものを似合う? 似合わない?
夏服のブラウスは第一ボタンが開いていたような……。
肩に腕を回していたことを拒まないのは何故?
家庭教師と教え子。
全てが気持ち悪い。
不快だ。
嫌悪するに値する。
けれど、
――俺にそんな資格があるのか?
ただの幼馴染。
友達以上の関係に過ぎない二人。
最近は電話もメールも疎か。
もし、彼女があの男に好意を抱いていたとして、またはその逆としても、それは自由恋愛の中で許容されること。
彼の中に渦巻くものは、ただの嫉妬。普通の人間の持つ、ごくありふれた心の一面。
失うことに慣れておらず、比重がやや大きいだけのことで、時が経てば癒える傷。
とくに食欲は素直で、日の沈んだ暗がりの中、ぐぅと音をさせて胃を締め付ける。