過ぎ行く日々、色褪せない想い-30
「どうしよう……、このままじゃ……私、学校どころか、この街に……いられないよ……」
涙する彼女をどう慰めてよいのかわからない。
「大丈夫、俺が何とかする。だから、こんなところに居ないで、さ、家まで送るよ」
ひとまず家まで送るべきと考える悠は、彼女に荷台に乗るように言う。
「だって、だって……」
ついに堪えられなくなった和子は、大声で泣き出し、周囲をこそこそ歩くカップル達の視線を引きつける。
「和子ちゃん、落ち着いて……」
必死にあやそうとするが、それがどれほど無力なことなのかは十分わかっている。
安易な行動の結果、さらにぬかるみに嵌った二人は、牧夫に踊らされているだけなのかもしれない。
「お前ら、何してたんだよ……」
さらに都合の悪いことに、聞き覚えのある声がした。
紺の学生服には見覚えがある。山陽高校の冬服だ。そして、その声の主にも……。
「あ、弘樹……」
今一番会いたくない人。会いたくない場所だというのに、彼はずんずんと歩み寄ると、悠の襟首を掴んで叫ぶ。
「お前、何が違うだ、信じろだ! ここどこだと思ってんだよ! なんで和子が泣いてるんだ! 説明しろよ!」
「やめて、弘樹君。違うの。そうじゃないの! お願い、私の話を聞いて!」
「何が違うだよ。和子、君もどうして何も教えてくれないんだ? 俺は、君に何か隠し事したかい? なのに君は言えない、話せないばかりなのさ? どうしてこんなところで二人で居たんだよ!」
話すたびにヒートアップする弘樹。襟首を掴む手に力が入り、ボタンがプツンと飛んでいく。
「なぁ、答えてくれよ。和子は俺の彼女じゃないのか? どうして先輩と浮気してるのさ。先輩だって、好きな人がいるんだろ? 何後輩の彼女に手を出してるんだよ……」
やがてトーンダウンしていく弘樹。彼もこの状況、特に肝心なことから省かれていることに、混乱と悲しみを併せ持っている様子。
「俺、和子ちゃんのこと、好きで、ずっと、部活でも、がんばってきたのに、なのに、どうして……、俺はダメで……」
「ダメじゃないよ。弘樹君のことが一番好きだよ!」
「ならなんで!」
「だって! 弘樹君だからこそいえないことがあるんだってば!」
「なんで恋人にはいえなくて、先輩なら言えるんだよ! そういうの裏切りじゃないのか? なあ、どうなんだよ!」
真相をしる悠にしてみれば心苦しいこと。いっそ、気の済むまで弘樹の相手をしてあげるのも手かもしれない。それで気が済むのなら。
「この、このやろう……」
襟首を離した弘樹は、力なく悠の胸を叩く。二発、三発と叩いたところでうなだれ、しばらく地べたに座り込む。
「弘樹君、聞いて……お願い……」
「いいよ、もう……。俺には話せないことばかりなんだろ? 俺、本当に和子ちゃんのこと好きだし、だから、もういいよ。君をこれ以上悲しませたくないし、先輩がいるなら、それでいいよな」
「違うよ。どうして聞いてくれないの……」
「聞いてもなにも、君は話してくれないじゃないか。俺だからこそ話せないって……」
「弘樹、和子ちゃんを信じてやってくれないか……」
「何いってるんですか……。俺から、和子ちゃんを奪っておいて……、でもいいですよ。先輩なら和子ちゃんの支えになってくれるんでしょ? だから俺は……」
ふらふらと立ち上がる弘樹は二人に背を向けると、おぼつかない足取りで去っていく。
追いかけようとする悠だが、しがみつく和子が足手まといになる。
「うわあああああああああん、ああああああああん!」
はばかることなく周囲に響く、和子の絶叫とでも言うべき泣き声。
悠もまた、途方にくれてしまった。