過ぎ行く日々、色褪せない想い-16
「先輩……、すみませんでした……」
「いや、別に和子ちゃんが謝ることじゃないよ。それに、これはしょうがないことだよ……」
「でも、また今度、相談しましょう」
「相談? なんの? そんなの弘樹にでもしろよ」
「いえ、先輩じゃないとだめです」
「はぁ? 今見たろ? 俺は、お前を彼女と誤解されていい迷惑なんだよ。いい加減にしろよ。なんだ? 惨めな男の感想でも聞きたいか? 好きな女が別の男とキスして、それを覗き見して、最低って言われて! お前、からかってるのか?」
「先輩、やっぱり好きなんじゃないですか」
「ああ、そうさ。だから辛いんだ。わかるか? お前みたいに両想いの奴には関係ないもんな」
「そうですね、関係ありません」
「は、なら、もういいだろ……。俺だってプライドぐらいあるんだ。泣いてるところ、見られたくないし、もう帰ってくれよ……」
「今は……」
「ああ、今はもう誰とも会いたくない。だから……」
「今はもう関係ないです。けど、前は違いました」
「は?」
「相談しましょう。ここだとあの人に聞こえちゃうかもしれませんし、先輩の家族が出てきても困ります」
「だから……」
言いかけて気付く。
何故和子の口から菅原などと出てきたのか?
夜更けの公園。明かりの元に集まるのは、何も蛾だけではない。
ベンチに座る男子は頭を抑え、それを見下ろす女子は腕を組んでいた。
その話の内容とは……。
中学生の頃の和子は登校拒否をしていた。
きっかけは二年生のときのイジメが原因。
靴を隠される、運動着を汚される、下着を隠されるなど、嫌がらせは様々で、三年になるころ、唯一の友達であった子が別々のクラスになったのをきっかけに、不登校に陥った。
公立の学校のせいか、あまり教師も熱心ではなく、来ないなら来ないほうが面倒ごとも少ないと、見放されていたらしい。
彼女は毎日、部屋で大好きな漫画を読んで過ごしていた。
ただ、もともと真面目な彼女は、このままではいけないと高校受験の準備を始めていた。
とにかく勉強に励んだ。桜蘭高校の狭き門をくぐるために。
桜蘭高校を志望した理由は一つ。難関高ならば、中学の頃の子とは別れることができる。それなら、一度イジメにあったことをリセットして、新たな学生生活ができると信じて。
参考書を見て何度でも立ち向かう。わからないことがあっても誰に頼ることができず、何度も涙しつつ、彼女は勉強に励んでいた。
まるでそれしか道を知らないように。
夏を迎える頃には両親も一定の理解を示し、彼女に学校はいいから塾へいくようにと薦めた。
しかし、塾には自分を排除してきた子がいる。そのせいか、踏み切れなかった。
――それなら家庭教師はどう?
母の一言で決まった家庭教師。週三回の個別授業。
大城大学に通う二年生、菅原牧夫は中学の教師を目指しており、指導に熱心であった。
わからないことを懇切丁寧に、噛み砕いて、冗談も交えて教えてくれる。
時折話す大学での話し。自分の知らない明るく華やかな世界。
中学生活に絶望していた彼女が憧れるのは、無理もなかった。
「和子ちゃん、好きな子はいたの?」
「いえ、男の子とかもイジメてきたから……」
少し前まではイジメられていたことを話すのが怖く、悔しく、辛かった。
けれど、夏の終わりのうちとけた頃には、もうそれもない。
牧夫にならなんでも話せる。
そう、すっかり信頼を寄せていた。