JoiN〜EP.2〜-1
異常事態とはまさにこの事を指すに違いない。
一年も女がいないなんて、大学までの俺なら有り得なかった。今や家にはただ寝る為だけに帰っている。
俺の周りにいる女は誰も相手にしてくれなかった。
神よ、何故俺にこの様な試練を与えるのだ。1人で寝る程つまらん事は無いんだぞ!
だが、考えてみれば俺は今まで寂しさというものを味わった覚えは無かった。
そんな状態だからこそもう一度女が出来た時の喜びは格別だろうな。
むしろ、神は俺にその喜びを知ってほしいからわざと女を遠ざけているんだ。そうに違いない!
「痛っ!」
「独り言を言うなら音量を下げなさいっていつも言ってるでしょうが、日比野」
後頭部を擦りながら振り返ると、書類を丸めて持った立花さんが仁王立ちしていた。
かなり痛いぞ、頭を叩いたものが紙だとは信じられない。
「嫌だなぁ立花さん、僕の心の中を盗み聞きするなんて。レディのする事じゃありませんよ」
「さっさとタイムカード切りなさい。それと、たまには遅刻しないで出社しろっ」
相変わらず手厳しい人だな。
だがこれも本人曰く愛の鞭だ、喜んで受けるとしよう。
立花巳奈美(たちばなみなみ)
俺達下っ端のマネージャーを束ねるチーフマネージャーだ。
よく分からないが、タレントをどういう方向性で売り込むか戦略を立て、それに伴う仕事を選び、場合によっちゃドラマや映画の企画にも関わるらしい。
なので担当するタレントの将来を担っている、と言っても言い過ぎじゃない。
他にも色々仕事があり全ての責任者、と聞いたことがある。
入社したての頃、俺に色々と叩き込んでくれた、えらぁ〜い人だな。
「聞いてんの、日比野。まったくあんたはいつもそうやってへらへらして」
「いやあ、働く女性は格好いいなぁと思いまして。立花さんはホント格好いいっす!」
はぁ〜、と溜め息をつく立花さん。
おかしいな、なんか変な事言ったかな。誉められて嬉しくない人っているのか。
歳は俺より一回りくらい違う、と思う。聞いたらいきなり叩かれたから詳しくは知らないが。
身長は俺より頭ひとつ以上小さく、派手目ではないが髪の色は金色だった。
そしてブランド物の縁が太い眼鏡をかけて、同じく身につけたスーツもブランド物だ。
焼けた小麦色の肌からは強気なオーラが滲み出ており、眼鏡の奥の大きな瞳は、見つめるものを射ぬく様に鋭かった。
まるで鷹が獲物を見据える様に、視線だけで殺されそうになるのがたまらない。
同僚からはよく立花さんにそんな近付いて話せるよなと感心される。
「じゃあ仕事を始めます、今日も1日頑張りますか!」
「どの口が言うんだろうね。毎朝受付の子を口説いてる奴が」
さすがにこの人の前では頑張る素振りを見せないといけない。
さあ、さっさと片付けるか。
マネージャーはタレントが受けた雑誌とかのインタビューのコメント、ブログのチェックもしなきゃならない。
誤字や脱字を見つけたらすぐに直し、イメージにそぐわない様な部分があればそれを削除する。
はあ・・・目眩がするくらい地味すぎる作業だ。苦痛だ、女を口説きたくてたまらない。
というか、話をしない時間というのは俺にとって何よりも辛かったりする。