フォール-6
「おっ?!けほっ、鼻やめ、んぐっ!やったな姉ちゃん!」
負けじと柚も水をぶつけてきた。
私の身長なんかとっくに追い越すくらい育った弟は手も大きく、野球小僧だから無駄に力も余っている。
掬える量も、投げつける強さも、私なんか適う訳がなかった。
「痛いじゃない!このっ、絶対許さない、こら逃げるな!避けて当てるな!」
「姉ちゃんもまだまだガキだな、成長したと思ったのに。ある部分以外はな!」
途中からもう投げつけるのがめんどくなって、ひたすら水をぶっかけ続けた。
「彼氏に大きくしてもらえば?ああ、触れるほどの大きさも無いんだっけ」
「お前はここに埋めてやる!!遺言でも考えとけ!!」
いつもの強めな口調は変わらなかったけど、私は久々に楽しい気持ちで満たされていた。
彼氏、友達、どっちと同じ時間を過ごしても、楽しいことは楽しい。
それと良く似てる様な・・・でも、あまり似てない感じもする。
「海パン脱がせて捨ててやる!みっともない姿で泳いでろ!」
「姉ちゃんこそ水着の上取れば?男として生きられるよ、何の違和感も無いし」
水をかけるだけでわくわくする。弟に当たらなくても、何だか嬉しくなった。
まるで、気持ちが子供に戻ったみたい。
「はあ・・・はあ、くそぉ、無駄に逃げ足だけは速いんだからぁ・・・」
ぐったりしてプールサイドに仰向けになる私を、変わらず勝ち誇った顔で見下ろす柚。
やけに強い日差しの映える顔立ちだなぁ・・・ああくそっ、帰ったら殴ってやる。
「楽しかったろ。たまにはいいんじゃない?姉ちゃん高校に入ってから、いつも難しい顔してたからさ」
難しい顔って・・・何よ。抽象的でよく分かんないけど。
やれやれ、ボキャブラリーに乏しい弟だな。脳まで筋肉で出来てるから、知識が入る余地が無いんだね。
「今日したかった話っつうか、呼んだのはそれだけ。たまには笑わないと潰れちゃうから・・・」
「・・・・・・・・・」
「なんて、本当は飛び込ませたかっただけ。姉ちゃんが家離れる前に、それだけはさせたかったからな」
大学に合格したら、住んでる場所からは毎日通えない。
だから柚の言うとおり、少しでも近い場所に住む事になる。
「もう思い残す事は無いから、早く大学行っていいよ」
「まだ受かってもねえって・・・気が早すぎ」
・・・別に仲が悪いわけじゃない。今でも会話くらいはする。
でもこんなに長く話したのはいつ以来だろう?
まして、二人で遊んだのなんて、それこそ数えるのが怖いくらい久々だった。