フォール-4
あの頃とちっとも変わらない、真っ黒に焼けた肌。
私と違って一度も染めた事が無い、黒い短髪。まさに運動部って感じのわが弟。
向かう先は・・・えっ、うそ、ここって?
柚がよく飛び込んでた、あの飛び込み台。
私が登るのは初めてだと思う。近寄ることすら無かった、昔からずっと。
熱した階段を登りながら手摺りにつかまったら、思わず手を離してしまう。
「熱っ・・・きゃ、いやああっ!」
「大丈夫か?!」
よろけたところで、手首をつかまれる。
弟が咄嗟に掴んだ手の力が強いのに驚いた。
痛い、というのもそうだけど、人を軽く支えられそうなくらい強かった。
「ごめん、こんな時は先に行かせるべきだったか。何かあったら後ろで支えられる様に」
柚がこんな言葉を口にするなんて、意外と考えてるみたい。
「着いたぞ、ここだ」
十メートルってこんな高かったんだ・・・
思わず下を見てしまい、足が竦んでしまう。
「高いの嫌いなんだろ、見なくていいよ。見てほしいのはあそこさ」
「へっ?」
いきなり柚が上を指差した。
何が言いたいのかよく分からず、見つめていたら小刻みに上を突いたので、見上げてみた。
「わっ・・・!」
特に驚くつもりは無かったけど・・・近い?
雲が、地面にいるよりも近くに感じる。たかが十メートル上がっただけでどうして?
「高いだろ。ここ、すごく好きなんだよ」
歯を見せる顔が、小さい頃に飛び込む前に空を見上げてた姿が重なる気がした。
「飛び降りろ、とか言わないでよ?知ってるでしょ、こういうとこ苦手なの」
「じゃ飛び降りて。それ聞いて見たくなった」
意地悪そうに笑う柚。
その笑窪も、ぜんぜん変わってない気がした。
お前が落ちろと尻をキックしてやろうとしたけど、事故が起きたら取り返しがつかないから仕方なくやめた。
「見てて、俺が飛び降りるところ」
「嫌だって・・・ちょ、ちょっと?!」
言い終わるのがタイミングだったのか、急に目の前から消えた。
そして数秒後、遥か下の水面から水柱が上がっていた。
いきなり飛び込んどいて見てろも何も無いだろ?弟よ。
・・・上がってこない。
まさか、殺してもくたばらない弟に限って、と思う。
でも・・・そんな奴ほどあっけないっていうし・・・
あの馬鹿ぁ、何してんのよ。寝てるんじゃないでしょうね。
水が跳ねた勢いで出た泡が広がり、視界を遮っている。これじゃ柚の姿が見えないじゃん!