夏の怖い話-10
「ちゃぷちゃぷイヤ〜! ジャーってするもん!」
「ジャーってするほうがいいの?」
「うんっ、ジャーってする!」
「う〜ん……でもね、たまにはお湯に浸からないとキレイキレイにならないよ。もう緑色じゃないから大丈夫でしょ?」
「イヤだもん、怖いもん!」
「もう緑色にしないから怖くないよ。ねっ」
「ちがうもん、怖い怖いがいるもんっ!」
「怖い怖いがいる……? 何かいたの?」
「うんっ、なんかね、なんかね、怖い怖いがいたよ」
「怖い怖いか〜、ふうん……じゃあ、今日もパパと一緒にジャーってしよっか」
「うんっ、するう〜!」
結局この日もシャワーだけで済ませ、娘を先に上げてから浴槽にお湯を落としました。
「怖い怖いって、なんだろうな……」
まったくもって意味が分からず、とりあえず娘を恐怖に陥れた緑色の入浴剤を湯船に入れてみる。
そして、その中に身体を沈めていき、顎のあたりまでじっくりと浸かっていく。
猛暑の中の外回りでクタクタになっていた肉体は、柔らかな温もりと心地よい香りに凄く癒されました。
「ああ〜、気持ちいい〜、これのどこが怖い怖いなんだろうなぁ〜、子供の言うことは本当に難しい」
心と体がリフレッシュされていく感覚に暫くのあいだボケーッとしてたんですが、ふとあるモノに気付き、そして、頭の中がその何かを把握した瞬間、芯まで温まっていた身体は一気に氷結しました。
僕の腹部あたりの上でユラユラと揺れているモノ―――
水面にうっすらと浮かんでいるモノ―――
それはあきらかに僕以外の者の顔だったんです。
湯船の中なのに凍えるほど寒くなり、肌の表面にはビリビリとした痛みと共にバアッと鳥肌が立ち走っていく。
僕は声も出せず、また、その水面に浮かんでいる不気味な顔から眼を逸らすことすら出来なくなっていました。
(な、な、なに……ゆ、ゆ、幽霊……こ、これって、幽霊なのか……?)
幽霊の存在なんてまるで信じていなかっただけに、これはあまりにも驚愕で恐ろしい事でした。
意識して凝視しつづけるうち、次第にハッキリと見えてくる異質な顔―――。
毛を散らしきった禿げ頭に痩せこけた頬……眉は太く、眼はギョロリと開いている。
いっさい表情を変えないそれは、なにか怒っているようにも見えました。
(こ、こ、ここに映っているということは……上……上にいるのか……僕を、僕を見下ろしている……!?)
いっそう恐怖が膨れ上がっていき、もう身体の震えが尋常ではなくなってました。
もうこれ以上この恐怖に耐えきれず、何とか気力を振り絞って湯船から起き上がろうとしました。しかしその時、今度は横からの視線を不意に感じたんです。
僕は反射的にその方向へとバッと顔を向けました。